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追憶のペルシャ

AUGUST 2008


超大国のノスタルジア

 古代から連綿と続く歴史を誇りにするイラン人は、ある種の自負をもっているという。自由と人権を重んじる概念を生んだのは、古代ギリシャではなく、紀元前6世紀頃にキュロス2世が築いた最初のペルシャ帝国、アケメネス朝だったと、彼らは信じているのだ。

 紀元前539年、キュロス2世はバビロンに捕らわれていたユダヤ人を解放し、エルサレムに帰還させると、資金を出して神殿を再建させた。また、宗教的にも文化的にも寛容な、比類ない帝国を設立したのもキュロスだ。ペルシャ帝国は彼の後継者ダレイオス1世のもとで最盛期を迎え、地中海からインダス川まで版図を拡大、やがて、世界史上で最初の“超大国”となった。

 首都テヘランで活動する経済・政治アナリストのサイード・ライラズはこのように話す。「私たちは、いつか再び超大国になれる日を夢見ているのです。この国が抱く、核兵器を保有したいという野望にも、古代ペルシャを懐古する気持ちが関係していると思います」

 イランは原子力発電所の燃料にすると称してウランの濃縮を続けているが、濃縮ウランは核兵器にも転用できる。これに対し、国連は経済制裁を強めてきたが、保守派のマフムード・アフマディーネジャード大統領は強気の姿勢を崩さず、強硬路線を維持している。

 「かつて、この国の領土は現在の3倍もあり、1000年以上の長きにわたって大国として君臨していました」と、ライラズは言う。確かに、ペルシャ帝国は広大な地域を支配していた。今日のイラクはもちろん、パキスタン、アフガニスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルコ、ヨルダン、キプロス、シリア、レバノン、イスラエル、エジプト、さらにはコーカサス地方までその版図に含まれていた。

 「その後、時代とともに領土は狭くなっていきました。しかし、こうした歴史を背負い、ノスタルジアを感じるからこそ、イランは現実とかけ離れた幻想を抱き続けているのです」

 こうしたノスタルジアの原点となったのは、やはりキュロス2世の時代である。それを象徴するのが、イランの国宝とたたえられる「キュロスの円筒印章」だ。実物は英国ロンドンの大英博物館が所蔵し、複製品が米国ニューヨーク市の国連本部にも展示されている。

 トウモロコシほどの大きさをした円筒印章は粘土製で、表面には楔形(くさびがた)文字が刻まれている。英国のマグナカルタが制定される2000年前に作られた、人類初の人権宣言とも称される。表面には、宗教と民族の自由を呼びかける文字が刻まれ、奴隷制度やあらゆる種類の弾圧、代償なしに財産を奪うことなどを禁じている。そして、キュロス2世の支配に従うか否かは、属国の判断に任せるとも書かれている。「余は支配するための武力は使わない」と。

 テヘラン滞在中に私は、イラン人弁護士シリン・エバディのオフィスを訪ねた。人権活動家として2003年にノーベル平和賞を受賞している彼女は、「イランという国の真の姿を知りたいなら、キュロスの円筒印章を理解することです」と話してくれた。

 エバディのオフィスはテヘランの中心部にあった。地下にある部屋の壁には、木材とガラスでできた重厚な本棚が並んでいた。その一つには、アクリルの箱に入った円筒印章の複製が飾られている。それを大事そうに抱えて私に見せると、彼女は話を続けた。

 「円筒印章をはじめとするイランの素晴らしさを、世界の国々はほとんど知りません。イランの大学は女子学生が65%を占めると話すと、外国人は一様に驚きます。そして、イランの絵画や建築に触れた人々が、強い感銘を受けるのを目にしてきました。皆、イスラム革命後のわずか30年間の情報や知識だけで、イランの文明を判断しているのです」

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