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特集

デス・バレー国立公園
裸の大地 時の記憶

JULY 2008


 もちろん、こうした話はでたらめだ。それでも私は、この話を聞いた月明かりの暑い晩、強い日差しに焼かれたスウェーデン人のことがずっと頭から離れなかった。

 「先に行くかい?」と、私はパートナーに聞いてみた。すると彼はこう言った。「黙って歩け」

 そこで私たちは黙って歩き続けた。そして、夏のホイットニー山の山頂にたどり着いた。

 作家のクリストファー・C・バートは『エクストリーム・ウェザー』という本の中で、デス・バレーは「文句なしに北米大陸で最も暑い場所」だと書いている。確かに、ここは暑い。デス・バレーで観測された最高気温は57℃で、西半球で最高の記録だ。

 25年前に敢行したデス・バレーの旅は、実のところ、それほど楽しいものではなかった。夏ではなく、2月のような涼しい季節だったら、もっと楽しめたかもしれない。

 気温が50℃近くになると、あまりの高温でブーツが奇妙に変形して、歩きづらくなった。それでも、パナミント山脈に登ったときは、目が覚めるような素晴らしい体験をした。私は重たくなった足を引きずりながら複雑に入り組んだ峡谷を抜けて、「フードゥー」と呼ばれる不気味な奇岩が立ち並ぶ迷路のような場所に出た。そこからさらに斜面を登っていくと、緑の木々と小川、それに滝が私たちを迎えてくれた。

 これほど対照的な光景が見られることに、私は驚嘆した。そして、ぜひとも涼しい季節にもう一度デス・バレーを訪れて、じっくりと歩いて回りたいと思ったものだ。そして、ようやく25年越しの夢がかなった。

 国立公園の西端に位置するダーウィン滝への案内標識は、ハイウェーを走っていても見つからない。本線を降りて支道に入ってから、ようやく見つかるといった具合だ。行き方はちょっとわかりにくいが、デス・バレーに来たら、ここを見逃す手はない。

 5メートルの高さから水深の浅い滝つぼへ水が勢いよく流れ落ちていく。滝の周りには、鮮やかな緑色をしたホウライシダが群生し、乾いたベージュ色の崖の下で驚くほど生き生きとしている。ここは、滝が生む霧のせいで、デス・バレーのほかの場所より、気温が5℃ぐらい低く感じられる。滝つぼにはクレソンが生えていて、水もひんやりと冷たい。

 2月のこの日、気温は20℃台の前半で、滝つぼの近くでは15℃ぐらいだった。私は滝つぼに入って泳ぎたい衝動に駆られたが、ここの水が近くのリゾート施設の飲料水として使われているのを思い出して、踏みとどまった。

 ダーウィン滝を後にして、サリーン・バレー方面へと車を走らせた。標高は次第に高くなり、1000メートルを超えたところで山岳地帯に入った。ハイウェーを降りて支道を進んでいくと、ユッカの一種であるジョシュアツリーの森が現れた。木はまばらに生えていて、とがった緑色の葉をたくさんつけた太い枝を、4~5本、多いときには6本も空に向けて伸ばしている。

 ジョシュアツリーの森に日が沈むころ、西の空から暗い紫色をした雲が近づいてくるのが見えた。天気が崩れるようだ。そこで私はテントを張り、寝る準備をした。

 次の日の朝、目が覚めると、期待したとおり、雪がチラチラと降っていた。森を歩き回る間にも、ジョシュアツリーの葉や地表の枯れた草木に、湿った雪が積もっていく。ジョシュアツリーはモハーベ砂漠を象徴する植物だ。砂漠の植物に雪が降り積もる光景を前にして、私は静かな興奮を覚えた。この特別な喜びを実感したその矢先、昇ったばかりの太陽が雪を冷たい雨に変えてしまった。それでも私は気にしなかった。30分間ではあったが、至福の時を体験できたのだから。

 この後、私はいくつもの峡谷を歩いた。フォール・キャニオンでは、複雑に入り組んだ岩壁が日陰をつくり、歩いていても涼しかった。さまざまな色合いの地層が壁を走り、所々で大きく湾曲している。天を目指していたかと思えば、突然、方向を変えて急降下するのだ。巨大な岩壁に囲まれていると、この地形には感情があって、落ち着きなく動揺しているように思えてきた。夕日を浴びて赤く染まっている峡谷はまるで、生まれたままの姿を見られて、恥ずかしくて赤くなっているようだった。

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