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特集

デス・バレー国立公園
裸の大地 時の記憶

JULY 2008


 このプラヤの南端には、さまざまな大きさの岩や石が転がっている。ソフトボール大の石もあれば、スーツケースほどの岩まである。こうした岩石は、レーストラックの南側にそびえる高さ260メートルの小山から転がり落ちてきたものだ。ここの年間降水量は70~100ミリで、冬の嵐と夏の豪雨によってもたらされる。激しい雨が降ると、プラヤの所々で水があふれ、粒子が細かく滑らかな泥土が地表を覆うことがある。そこへ秒速40メートルにも達する強風が吹くと、岩石が動き出すというのだ。いったん動き出した岩石は、当初の半分程度の風力でも滑り続けていく。

 岩石が動いてできた跡には、高さ数ミリの“土手”が両側に築かれ、岩石の前方には、動きを封じ込めた泥土が盛り上がって乾いている。移動した跡を見れば、どのように岩が動いたかがわかる。真っすぐに動いた岩があるかと思えば、カーブを描いた岩もある。なかには100メートルほど直進した後、一度止まり、正反対に向きを変えて動いた岩もあった。6個の岩石が同じ地点からスタートして、まるで競走でもしているかのように、グランドスタンドを目指して一直線に進んだように見える跡もある。

 私は数十本の跡をたどってみた。それらの端に鎮座している岩石を見ていると、自らの意思でその場所まで動いてきたように思えて、訳もなく笑いがこみ上げてきた。

 さまよえる岩を研究する科学者もいる。地質学者のロバート・シャープとドワイト・キャリーは、1968年から研究を始め、30個の岩石に絞って観察した。まず二人はそれぞれに魅力的な女性の名前をつけて、消すことのできる塗料で識別用の記号を書くことにした。Rの岩石はホーテンス、Jはカレンといった具合だ。

 ある年の冬、ホーテンスが250メートルも移動した。重さ320キロのカレンはというと、7年間まったく動かなかったが、その後、行方不明になってしまった。再びカレンが姿を現したのは1996年のことだ。最後に目撃された場所から、かなり北に行った地点で、地質学者のポーラ・メッシーナが発見した。「シャープに『あなたが調べていた岩石を見つけましたよ』と報告すると、まるで行方不明だった子供が見つかった父親みたいに喜んだんです」と、メッシーナは話してくれた。

 一直線に進んだ岩石には、底の部分に突起があることが多い。わだちを見ると、こうした突起によってできた筋が残っている。これが船の竜骨のような役割を果たし、岩石がまっすぐ進むのを助けている。一方、表面がなめらかな岩石は、優美な曲線を描いて移動するようだ。

 地質学的にみると、デス・バレーはまだ若い。200万年ほど前に、山脈と山脈にはさまれた土地が断層に沿って沈下して生まれたのだ。

 今から25年ほど前、デス・バレーを歩いて回ったことがある。米国で最も低い地点である海抜下86メートルのバッドウォーター盆地から、国立公園の境界を越えて、標高4418メートルのホイットニー山の山頂まで、150キロほどの距離を歩いてみることにしたのだ。季節は夏で、きっと楽しくなるだろうと思った。そして、涼しい夜に私はパートナーの男性とともに出発した。

 その夜は月明かりのなか、私たちの前には標高3368メートルを誇る公園内の最高峰、テレスコープ山をはじめとする山々がそびえていた。こうした山に大気中の水分がぶつかり、水の流れとなって急斜面を駆け下りる。そして浸食や泥流を引き起こし、扇状地をつくり出し、最後には最も低い谷底へと流れ込む。

 こうした谷に湖があってもよさそうなものだが、デス・バレーでは厳しい暑さと絶えず吹きつける風のせいで、水分は蒸発し、無機質の沈殿物だけが残る。そして、そのほとんどは塩分だ。谷底の地表温度は95℃に達することもあり、地面は強い日差しに焼かれて、コンクリートのように固い。

 しかし、谷の中央部では、よどんだ水の上を薄い無機物の層が覆っていて、人間の体重を支えるだけの固さはない。おかげで25年前にここを訪れた私は、生ぬるい水と泥のぬかるみに膝まで浸(つ)かる羽目になった。全体重をかけようものなら、薄い層を足が突き破ってしまうのだ。北米大陸で最も低い地点にある塩水の沼で、一歩ごとにぬかるみに足をとられながら前進するのは、実に骨の折れる仕事だった。

 さらに悪いことに、私の頭のなかは、旅先で出会った探鉱者や砂漠で暮らす荒くれ男たちから聞かされた、恐ろしい話でいっぱいになっていた。彼らの話では、馬や人間が泥沼にのみ込まれたことがあるという。首まで泥に埋もれた男の死体を見たという男もいた。「黄色い髪のスウェーデン人だった。死体は太陽をじっと見つめていた。立ったままの姿勢で泥にのみ込まれたんだ」とその男は話した。

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