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特集

相克の島国
アイスランド

JULY 2008


 問題は、アイスランドが大陸から遠く離れているため、せっかくの豊富なエネルギー源がわずかしか利用されていないことだ。同国政府は1960年代から、電気代の安さや環境への負荷が低いことをうたい文句に、重工業の誘致に努めてきた。だが、誘いに乗ったのは小さなアルミニウム製錬所が二つと製鋼用原料の工場くらいのものだった。労働人口が少ないうえ、高学歴なので賃金水準は高い。さらに、島国の不便さや、冬には夜が長くて寒いという労働環境の厳しさも問題だろう。

 それでもアイスランドに工場を建設しようというのは、安価なエネルギーが長期にわたって必要なエネルギー多消費型産業だけである。うってつけなのがアルミニウムメーカーだった。貴重な土地を守りたいと考える環境保護団体はこうした動きに神経をとがらせ、土地を有効活用したいと考える事業家は期待に胸をときめかせた。アルミニウムの製錬とアイスランドの手つかずの自然という二つの道は、いずれ衝突する運命にあった。

生きる権利

 ほかの国の人びとが見れば、アイスランドは貴重な原生の自然が残る“西ヨーロッパ最後の国”かもしれない。しかし、世界中に広まりつつある環境保護意識も、アイスランド国民の間にはまだ浸透していなかった。ほとんどの国民が海岸の国道沿いに暮らしているが、ほかに大きな道はなく、この島の中央にある素晴らしい自然は未開の土地でしかない。彼らにとって国土はただそこにあるだけで、できるものなら活用したい対象なのだ。

 2003年、米国のアルミニウム製造会社アルコアが、アイスランドに新たな製錬所を建設し、国営電力会社ランズビルキンとの間で、水力でつくった電力の40年間にわたる供給契約を結ぶという話がもちあがった。この時すでにアイスランドは世界でも指折りの豊かな国になっていたが、それでも年配者を含めて多くの人びとがこの計画を支持した。過去の貧しい暮らしやデンマークの支配といった、苦難の歴史がその背景にあるのかもしれない。

 アルコア社のプロジェクトは、貧しいアイスランド東部を救うことを目的に掲げていた。この地域では生活水準が低下し続け、もはや絶望的な段階に達していた。1980年代初め、漁業資源を守るために漁獲割当が課せられると、個人で漁船を所有していた漁師の多くが漁業権を売却したり、無償で譲渡した。その結果、漁業権の大半を大手数社が手に入れ、小規模の業者はほとんどいなくなってしまった。

 漁業以外でも技術進歩のせいで、それまで人の手で行われていた仕事が消えていった。彼らがそれまでずっと携わってきた仕事がすっかり価値をなくし、子供たちが地元を出ていくのを目の当たりにしてきたのである。もはや昔ながらのやり方で暮らしていくのは無理だった。「製錬所か、死か」。賢明な選択かどうかはともかく、こうしたアルミニウム製錬所計画は、窮乏状態から抜け出す最後のチャンスとみなされるようになった。

 アルコア社との契約が成立すれば外国資本が導入され、この地域に400人ほどの雇用と関連サービス産業が生まれる。また、国にとっても、国際的に競争力をもつ専門技術を取りこむと同時に、漁業一辺倒だった産業の幅を広げることにもつながる。「われわれだって生きていかねばなりません」と悲しげな声で話すのは、製錬所建設地域の国会議員を長く務め、計画を強く推進してきた元首相ハルドール・アウスグリムソンだ。「生きる権利があるはずです」

小国の活路

 当初、国民の大多数がダムと製錬所の建設を支持しているようだった。東部地域を救済するだけでなく、国益にもかなう革新的で先進的なプロジェクトとみなされていたのだ。電力会社は今回の水力発電設備の建設に15億ドルもの資金を投じていた。その大半は海外の銀行団からの借り入れである。小国アイスランドにとっては史上最大の建設投資で、これを上回る投資は今後も出てこないだろう。ダムの一つは高さが198メートルもあり、年間計画発電量(46億キロワット時)は、建設時点における国全体の電力消費量の約半分におよぶ。

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