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特集

地球にひとつの生命
孤高の王者
ユキヒョウを追う

JUNE 2008


 インド北部のラダック山脈で数日間のトレッキングに出かけたとき、自然保護活動家のジグメト・ダドゥルと私はいくつも峠を越えて、大麦畑が広がるアンという村にたどり着いた。牧畜を営むソナム・ナマギルに会いに行ったのだ。その三日前の夜、1頭のユキヒョウがレンガの壁に囲まれたナマギルの家畜小屋のかなり高い屋根に飛び乗り、通気孔を抜けて3メートル下の床に降りた。翌朝ナマギルが小屋の戸を開けると、9頭の子ヤギと1頭のヒツジの死骸が横たわり、その間からユキヒョウが金色の目でこちらを見つめていたという。

 「オオカミは忍びこんで家畜を殺し、むさぼり食うと姿をくらます」と64歳のナマギルは話す。「だがユキヒョウはいつも近くに潜んでいる。牧草地で家畜が1、2頭殺されることは何度もあったが、人家に侵入したのは初めてだ。村人は皆、このユキヒョウを始末したがった」

 人間のせいで獲物がとれなくなったユキヒョウが、多くの家畜を襲うようになる場合もあるようだ。野生の草食動物が、人間の狩猟によって減ってしまうこともあれば、放牧の行き過ぎで餌場の草地を追われることもある。そうして獲物がとれなくなったユキヒョウがヒツジなどの家畜を狙うと、今度は怒った羊飼いがヒョウを殺す。政府が辺地の野生動物の保護に十分な対策を講じていない現状では、地元民の協力がなければ、こうした悪循環を断ち切るのは不可能だ。

 最近では、宗教指導者たちがユキヒョウの保護を訴えるようになってきた。ザスカール山脈とヒマラヤ山脈の間にあるランドゥム僧院で会った仏教僧のツェリン・トゥンドゥプは、「私たちはことあるごとに、殺生をしないよう人々を諭しています」と語った。この渓谷地帯の奥に住むラマ僧が、家畜を殺された腹いせにユキヒョウを撃ち殺す行為をたしなめた際も、村人たちはじっと耳を傾けていたという。それからまもなく、ハスの花の形をしたお堂がつくられ、中には牧畜民たちが納めた銃が塗りこめられた。

 チベット仏教の指導者で、中央アジアに多くの信奉者をもつダライ・ラマは、ユキヒョウの保護を信徒たちに強く促し、伝統祭事の際にユキヒョウの毛皮をまとうのをやめるよう訴えた。「人間の暮らしは動物によって支えられています。しかし私たちは動物を利用して、贅沢を求める欲求を満たしてはならない」。米国ワシントンでの会見で、ダライ・ラマはそう私に語った。「野生動物は地球を美しく彩る存在であり、彼らには平和に生きていく権利があります」

 金銭面の見返りも、保護の推進には効果がある。ジグメト・ダドゥルが所属するユキヒョウ保護団体「スノー・レパード・コンサーバンシー」では、「ヒマラヤ・ホームステイズ」という保護プログラムの設立に尽力し、ユキヒョウをはじめラダック山脈一帯に生息する野生動物の保護に賛同する牧畜民の家に、ハイカーたちが宿泊できるようにした。このプログラムを利用するハイカーは一晩1000円ほどで、清潔な部屋とベッド、家の人々と一緒の食事を提供され、テントや食料を携行せずにすむ。地元の牧畜民たちは、観光シーズンの間、1カ月に2度ほど宿泊客を泊めれば、ユキヒョウによる家畜の損失に見合う収入を確保できる。

 同団体では、家畜の囲いを金網で守るのにかかる費用の援助も手がけている。「家畜の飼育場からユキヒョウを締め出すことで、一村あたり平均5頭のユキヒョウを守れるはずです」と設立者のロドニー・ジャクソンは語る。ハイカーに宿を提供する村人に、環境や自然のことを学んでもらい、自然ガイドとして養成しているチームもある。この取り組みに参加する世帯は利益の10%を拠出し、僧院の改修や野生動物の生息地の管理など、地域文化の保護資金にあてている。

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