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特集

地球にひとつの生命
孤高の王者
ユキヒョウを追う

JUNE 2008


 野生動物を保護するには、その動物を十分に知る必要がある。しかしユキヒョウについては科学的情報がきわめて乏しいのが実情だ。インド北部のユキヒョウの保護と研究に取り組む非営利組織「スノー・レパード・トラスト」の地域担当者でもあるチュンダワトは、ユキヒョウの世界的権威で、フィールドで長年調査を続けてきた研究者に特有の、鋭い直感の持ち主だ。

 チュンダワトは、石ころだらけの地面にかすかに残るユキヒョウの足跡を見つけだす。また、神出鬼没のこの肉食獣が生息地にどっさりまき散らす糞も、貴重な手がかりとなる。ユキヒョウが日ごろ使う移動ルートは、彼らが落としていく糞と、後ろ足が地面を引っかいた跡からたどることができる。

 ルートはたいてい、山の稜線や崖のふもとを通っている。毎日斜面をよじ登って足跡を追跡するうちに、決まった場所に移動の痕跡を残していくユキヒョウの習性が、私にも次第にのみこめてきた。ぽつんとそびえる巨石や川の流れが蛇行しているところ、丘や峠は要注意だ。森林限界(それ以上標高の高い場所では高木が生育できない高地)の周辺にまばらに生えた樹木の幹には上から下へ、ふかぶかと爪あとを残していったりもする。

 ユキヒョウが何度もにおいづけをした場所は、分泌物の油分でつやつやしている。そこに、通りすがりの別のユキヒョウが頬をすりつけ、白い毛を残していったりもする。私がどんなにがんばって標高4000~5000メートルの高地まで登っても、さらに上には村人が築いた石塚があり、祈祷旗やヤクの角で飾られていた。そして、こうした神聖な場所にもユキヒョウの残した痕跡がみられた。

 「ユキヒョウを研究すればするほど、人間の能力の限界を思い知らされます。ユキヒョウを追い続けるのは不可能ですよ」。氷河の解けた水で増水した滝を越えたところで、チュンダワトが打ち明けた。彼はユキヒョウを捕獲し、発信器で追跡する方法も試みた。やがて1頭の雌に首尾よく発信器つきの首輪を取りつけたものの、なかなか信号を長時間連続してとらえられず、やがてそのヒョウは山を越えて、どこか電波の届かないところへ行ってしまった。

 従来、ユキヒョウの行動範囲は10~35平方キロとみられていた。だが、米国の動物学者トム・マッカーシーが1996年、人工衛星による初の調査でこの通説をくつがえした。モンゴルで1頭のユキヒョウに発信器つきの首輪をつけて衛星で追跡したところ、その行動範囲は1000平方キロにも及んでいた。「人工衛星による追跡調査を数多く実施できれば、ユキヒョウの実際の行動範囲はもっと広いことがわかるでしょう」とマッカーシーは言う。彼は現在、「スノー・レパード・トラスト」でユキヒョウの研究と保護活動の指揮を執っている。

ヒグマの日向ぼっこに遭遇

 肉食獣を守るには、獲物についても知る必要がある。ユキヒョウの獲物はラクダからナキウサギまで多彩だが、アイベックスやバーラルなど、高地の有蹄類が主なところだ。また、ちょっと意外だが、植物もよく食べる。

 高地の食物連鎖の頂点に立つユキヒョウは、獲物となる草食動物の生息数や分布を大きく左右する。さらには植生の分布や、食物連鎖を支える小さな生物の分布にも、間接的に影響を与えている。ユキヒョウの増減は、似たような食性をもつオオカミや野犬、ジャッカル、キツネ、クマ、ヤマネコなどの肉食獣にも影響する。生物間の相互作用の要となるユキヒョウは、生態系に重要な位置を占めることから「キーストーン種」と呼ばれている。

 ユキヒョウの生息地を保護することで、山岳地帯の多くの動植物も守られる。インド北部ラダック地方のザスカール山脈を踏査中のある日、チュンダワトが獣の足跡を見つけた。大急ぎで見通しのきく地点まで移動すると、数分後、なんと1頭のヒグマが姿を現した。川岸の急斜面を駆け下りて早瀬を渡り、対岸の崖を中腹までよじ登ったかと思うと、朝の日差しを浴びてごろりと横になり、灰色の毛を乾かしている。この広大なヒマラヤにもはや数十頭しかいないといわれるクマを、私たちは目撃したのである。

 ユキヒョウはクマと同じように、人間を襲うことがあるのだろうか。そんな事態はありえないとチュンダワトは断言する。それでも家畜の群れをたった一度ユキヒョウに襲われただけで、一家が貧困のどん底に転落することはある。

 中央アジアの気候は寒冷で乾燥している。このため農業で生計を立てるのはままならず、人々の暮らしは牧畜に大きく依存している。だが、警戒心の薄い、群れからはぐれた草食動物を狙う習性をもつユキヒョウが、家畜を襲うのは避けようがない。夜になって家畜が囲いの中に集められると、ユキヒョウは低い柵や石垣をやすやすと越えて、群れを襲う。

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