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石油景気に沸く
ロシア

JUNE 2008


油田開発の始まり

 西シベリアの油田地帯は、ソ連時代には「地の果て」と呼ばれた流刑地だった。そこには手つかずの自然が残され、荒々しくも美しい風景が広がる。山はなく、針葉樹林帯のタイガと、泥炭の沼沢地のボロトがどこまでも続く。ほぼ年間を通じて凍るボロトでは、ところどころ氷が解けた穴からメタンガスが湧きだしている。

 この地域では、1960年代半ばから油田の探査がさかんに行われるようになった。埋蔵量は予想以上で、この40年ほどで700億バレルの原油が汲みあげられた。

 かつては「シベリア全体が辺境でした」と、ハンティ・マンシ自治管区のアレクサンドル・フィリペンコ知事は話す。58歳の知事が力を入れているのは、人口6万人のハンティ・マンシースクの再開発だ。石油産業がもたらす税収は年間約4兆円。うち自治管区で使えるのは約4500億円で、残りは国庫に収められる。

 知事はソ連時代とはまったく違う都市づくりをめざしている。それを象徴する建物の一つが、緑のドームを戴いたショッピングビル。この地域の先住民のテント式住居を模した設計だ。先住民文化の独自性が否定されていたソ連時代には、こうした建築は考えられなかった。

 シベリア油田の開発が始まった時点で、ハンティ人やマンシ人といった先住民は、狩猟と漁労を行っていた土地から追い出され、政府の指定した居住地に定住させられた。ソ連崩壊後、先住民は油田地帯で従来の遊牧生活を営む権利を取り戻しはしたが、彼らの苦境は変わらない。その人口は約3万人まで減少、言語もほとんど失われ、現代のロシアをむしばむ三つの病気(エイズ、アルコール依存症、結核)がとりわけ彼らの間ではびこっている。

 ロシアの農村部や辺境の町は、若年層がモスクワなどの大都市に流出し、過疎化にも悩まされている。だが、知事は若者にも魅力のある地域づくりを意欲的に進め、一定の成果を誇る。ロシア全体の人口は減っているが、この自治管区は国内の地方自治体では3番目に出生率が高いだけでなく、流入者も多いため、1989年から人口が18%増加しているのだ。

 ハンティ・マンシースクの経済の90%は、石油に支えられている。いまはそれでよくても、資源が枯渇したときに、新たな富の源泉をどう確保するかが問題だ。

 フィリペンコ知事は情報工学の研究所を設立し、ソ連時代に建設された南シベリアの有名な学術研究都市アカデムゴロドクから、優秀な研究者を80人ほど招致した。研究所は、石油会社と顧問契約を結ぶ一方で、ナノテクノロジーなどほかの分野の技術開発も支援する。

 招かれた研究員の一人、60歳の数学者アレクサンドル・シェルバコフは、米国カリフォルニア州のシリコン・バレーにならって、この地域をハイテク産業のメッカ「シリコン・タイガ」にしたいと話す。採掘しやすい石油が掘り尽くされつつあるいま、次世代のために情報時代のニーズに合った雇用を創出し、優秀な人材が育つ環境を整えるのが課題だという。科学技術に投資すれば、地域経済の持続的な発展が期待できると、彼は目を輝かす。

 だが、温暖なシリコン・バレーとこの地域とでは、地理的条件からしてまるで違う。ソ連時代には、政府の命令で優秀な研究者を辺境に送りこめたが、いまは自分の意思で勤務先を選べる時代だ。当然、モスクワやサンクトペテルブルクなどの豊かな都市に人材が集中する。

国外から押し寄せる移民

 優秀な頭脳の招致にはまだ課題が残るが、新たな働き手はこの地域にどんどん流入している。国外から出稼ぎにくる貧しい移民たちである。こうした外国人労働者は、ドイツ語を借りて「ガスタルバイター」(ゲストワーカー)と呼ばれ、ハンティ・マンシ自治管区のいたる所で見かける。その多くが、90年代半ばの内戦で経済が疲弊したタジキスタン出身のイスラム教徒だ。

 出稼ぎ労働者は春に来て、冬になる前に帰国する。仕事には毎日ありつけるわけではないが、働ければ日給2000円程度を手にする。稼ぎは祖国の家族に送金するので、雇い主は彼らの賃金に課される税金を納めずにすむ。

 彼らに住居を見せてほしいと頼んだが、人に見せられるような所じゃないと断られた。「誤解されたくない。僕らは悪党じゃなく、まともな人間だ。ただ仕事が欲しいだけなんだ」

 ロシアで働くには住所を記した登録書類が必要だが、出稼ぎ労働者にはまともな住居がなく、雇い主が違法に借りた暖房のない倉庫で雑魚寝暮らしをしている。マフィアのような元締めが当局者に賄賂を渡して、登録書類を手に入れている。だが、書類の住所は偽物だ。警官にばれたら罰金(実は袖の下)を払わされ、何度も見つかれば強制送還される場合もある。ロシア政府は、労働者の登録手続きと身元確認を雇用者に義務づけているが、好況が続くかぎり、違法な出稼ぎはなくなりそうにない。

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