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特集

探訪 世界遺産
ストーンヘンジの謎

JUNE 2008

文=キャロライン・アレキサンダー 写真=ケン・ガイガー

4500年前、英国イングランドで造られた巨石遺跡ストーンヘンジ。周辺での調査により、その真実に迫る重要な手がかりが見つかっている。

 古代の巨石遺跡、ストーンヘンジとの最初の出会いは一瞬のできごとだった。場所は英国イングランド南部。ソールズベリー平原にある遺跡のすぐそばを通る幹線道路A303号線を走っていると、だだっ広い平原に突如現れた、一群の物体が目に飛びこんできたのだ。肩をいからせたそのシルエットを目にした瞬間、つかの間だが、まるで時空を超えて先史時代へとタイムスリップしたような感覚に包まれた。

 近づいてみると、無傷で立つ石の周りに割れた石が転がっている。遺跡は噂に聞いていたよりも小さく見えたが、最大50トンもあるサーセン石(硬い砂岩の一種)を使った建造技術には、感心するしかない。ストーンヘンジは、今なお類例を見ない独特の古代遺跡だ。素材が木から石へと移り、この遺跡が造られた約4500年前当時も、際立った存在だったに違いない。

 一対の石柱とその上に水平に渡した「まぐさ石」の間は、正確に切られたほぞとほぞ穴の凹凸を組み合わせて固定されている。木の建造物に用いていた技術をそのまま、新たな素材である石に応用した画期的な建造物だ。ストーンヘンジを造った人々は、何か未知の真理を探りあて、技術的な躍進を果たしたのだろう。この遺跡が何らかの意図をもって造られたことは明らかだ。では一体、どんな意味がこめられているのか?

 その答えを求めて、何世紀にもわたって数えきれないほどの仮説が提唱されてきたが、本当のところはまだ誰にもわかっていない。先史時代のヨーロッパで誕生したストーンヘンジは、世界屈指の有名な遺跡で、これまでさまざまな角度から考察されてきた。それでも、ここが何のために使われていたのかは、まるで解明されていないのだ。

 考古学者たちはこれまで、謎を解く鍵は石そのものにあるとみて、石の外形や刻まれた印、影の出かたなど、あらゆることを子細に調べてきた。しかし最近では、ストーンヘンジから遠く離れた場所にも足を運び、新石器時代の住居跡やウェールズ南西部の険しい岩山など、周辺の地域も調べている。はっきりした解答はまだ得られていないものの、現在進行中のこれら二つの調査から、きわめて興味深い可能性が浮かびあがってきた。

多彩な古代建造物

 この地では巨石のモニュメント以前にも、謎に満ちた数々の古代建造物が造られてきた。その豊かな伝統を抜きにして、ストーンヘンジを語ることはできない。「ヘンジ」とは、内側に溝を掘った円形の土塁を意味する(土塁の外側に溝が掘られているストーンヘンジは、厳密な意味での「ヘンジ」にはあてはまらない)。塚や小丘、木を使った環状構造物、一本石の柱(モノリス)、円形や馬蹄形に石を並べた遺跡など、いずれも新石器時代のブリテン諸島やヨーロッパ大陸の一部でよく造られた。ストーンヘンジは、その成立の過程で、こうした伝統の多くを反映している。

 ストーンヘンジには、人類とその創造物のダイナミックな進化が凝縮されている。最古のものとして知られている列石にはウェールズ産のブルーストーンが用いられた。おそらく紀元前2500年ごろ、海や川を利用し、陸路では道具を使って引っ張るなどして、はるばる運ばれてきたようだ。その後に巨大なサーセン石がやってくる。遺跡とエーボン川は、どこかの段階で道で結ばれた。巨石のモニュメントは水となんらかの関係があるようだが、石を使い始める前の時代に造られた土塁には、もっと多彩な信仰が反映されていたと考えられる。

 環状列石は崩壊が激しく、往時の姿を思い描くのは難しい。むしろ、成立までのプロセスを想像するほうがたやすいだろう。完成までの計画立案と、実際に使われた土木技術。異なる領土を横切って巨石を運ぶには、巧みな交渉術を要しただろうし、運搬の労働力を調達し、必要な装備を与えるのもひと仕事だったはずだ。農業や牧畜、狩猟をして生活していた健康な男たちをどう説得して集め、きつい石運びに従事させたのか。そうした人間の営みについては、現代の私たちでも容易に思いうかべることができる。もっとも、彼ら古代ブリトン人がどんな社会を作り、どんな言葉を話していたのかは、ほとんどわかっていないのだが。

 ストーンヘンジができたころ、ブリトン人はすでにカバやマツ、ハシバミの森を切りひらいて土地を開墾し、農業や牧畜を営んでいた。発掘された人骨から判断する限り、彼らは肉体を酷使する生活を送っていたにもかかわらず、体格はきゃしゃだったようだ。

 ブリトン人の遺骨には虫歯が少ないことから、糖分を含む炭水化物の摂取量が少なかったことがわかる。平均寿命の推定は難しいものの、彼らは概して健康に生きていたようだ。

 だが今も昔も、人生には予期せぬ災厄がつきものだ。英国セントラル・ランカシャー大学で、法医学および科学捜査の講師を務めるマイケル・ワイソッキがこんな話を聞かせてくれた。「鈍器で殴られたような跡のある頭蓋骨が、全体の5~6%も見つかっています。男女ともその割合は同じです」。儀式などでいけにえにされたのか、単に暴力的な行為がはびこる時代だったのか。傷の原因については想像するしかない。

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