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変化の先に何がある?

MAY 2008


 毎年およそ1000万人が農村部から都市部へと流れ込み、その結果、安い労働力が絶えず供給されている。しかし、こうした労働力の存在は、中国の長期的な発展を考える上では必ずしも良いことではない。競争は激しさを増すが、労働力が安く豊富にあるため、工場経営者たちは仕事を省力化したり、創意工夫をする必要がほとんどないのだ。

 質の向上が顧みられない傾向は、教育分野でもみられ、悪影響を及ぼしている。中国の学校教育は基礎学力の面ではめざましい成功を収めていて、中国教育省によれば、1982年に65%だった識字率が、現在では90%を超えたという。しかし、旧態依然としたカリキュラムは丸暗記が中心で、高等教育は著しく脆弱だ。次に目指すべきは、安価な製品を作るためだけではない国民を育てることだ。

 国民はどうかと言うと、より高度な職業訓練を受けたいと切望している。中国の工場町では、工場が完成して生産が始まると、私設の教室が数多く誕生する。英語教室やタイプ教室、工業技術教室といったものだ。浙江省で羅受云という男性と出会った。彼は故郷の村を出たときは読み書きすらできなかったが、収入の4分の1もの金をつぎ込んで、仕事が終わってから教室で勉強をした。現在、羅は主任機械工となり、中流層といえるだけの収入を得るまでになっている。彼のほかにも、中東のバイヤーの通訳をするために、アラビア語を習得した若い男性とも会った。制度上の支援がほとんどないのに、彼らが新しい知識や技術を身につけていったのは驚くべきことだ。

 新しく誕生した町はビジネス一色に染まり、目に入るのは工場と建設資材、それに携帯電話ショップぐらいだ。地方政府は財源を確保するのに忙しいし、中国共産党は、他国では国民の権利を守るために認められている団体や組織をずっと認めていない。このことこそ、中国が抱える最大の人権問題といえるだろう。

 中国の人権問題というと、欧米では反体制派の取り締まりや検閲ばかりが注目されるが、当の中国人を最も苦しめているのは、さまざまな制度の欠如だ。独立した労働組合も言論の自由もないし、地域社会のつながりも弱いため、国民は自分で自分の身を守らなければならない。強い意志を貫き成功する中国人が多数いるのは確かだが、制度さえ整えば、さらに多くの努力が報われる。中国は「改革・開放」政策によって、国民を解き放ってきた。次の段階は、国民という財産を尊重する術を知ることだ。

 浙江省では灘坑水力発電ダムの建設が進められていた。私は、プロジェクトの一環として造られた町を6カ所ほど訪ねた。ダム建設によって、5万人以上が移住の対象となった。このダムが生み出す電力は周辺の工場群へ供給されるが、中国では現在、電力不足を解消するために各地でダム建設が進んでいる。いずれの場合も、建設予定地の住民が移住させられ、新しい町が生まれる。工場町と違って、こうした町には警官がいる。移住させられた住民が騒ぎを起こすのを警戒しているのだ。そして、町のあちらこちらで、スローガンが書かれた横断幕を目にした。浙江省で見つけたものにはこうあった。「今日、灘坑ダムのために尽くそう。明日の世代のためになるのだから」。中国共産党が、こうした長期的な考え方を称賛しているとは、にわかには信じ難かった。

国境を越える環境問題

 中国が抱える環境問題を楽観視することはできない。世界銀行の報告では、世界で大気汚染が最も深刻な10都市のうち四つが中国にあり、中国の環境問題は国境を越え、世界全体の問題となりつつある。中国はいまや、二酸化硫黄と二酸化炭素の世界最大の排出国だ。悪いことに、自動車ブームは始まったばかりで、石油消費量はまだ世界全体の10%足らずということを考えると、排出量がこの先どこまで増えるか計り知れない。

 希望がもてる要素もないわけではない。その一つが、中国と国際社会が互いに知らん顔をしていられなくなったことだ。こうした難題に対処するには何よりも協力が重要となる。先進国は自分のことを棚に上げて、中国を批判してはならない。中国は海外向け製品の製造で発展してきたのだし、物質的な豊かさを求めるのは中国人に限ったことではないからだ。

 ダム建設で移住させられた人々が住む石帆という町で、新しいマンションに引っ越したばかりの家族と食事をともにしたことがある。ある程度の成功を収めた経営者である一家の主は、きれいな部屋を誇らしげに案内してくれた。そこには、カラオケ・セット、45インチのテレビ、ヘッドボードに電話が据え付けられたベッドなど最新の機器が置かれていた。なかでも最も驚いたのは居間の照明システムだ。巨大なシャンデリアには電球が30個以上ついていて、天井には空を思わせる、埋め込み式の青いライトが並んでいた。

 昼食には親戚や友人が招かれていたが、食事の間ずっと、誰もがダムについて文句を言った。「立ち退き補償金はどう考えても安すぎる」、「約束が守られなかった」、「党の幹部が横領した」といった不満だ。そして、彼らは新しいこの町で、商売をやっていけるのかと心配していた。「これは非常に深刻な問題です。みんな苛立ちを募らせています」と、家の主は言った。しかし、現状への不満が飛び交う部屋の天井には、全部で65個の電球が取り付けられていて、主の不安を知ってか知らずか、一つ残らず煌々と輝いていた。

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