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黄河崩壊
汚染と水不足の現実

MAY 2008


 蘭州は、黄河沿いの都市では最も上流に位置し、最大の都市であることを誇っているが、いまではむしろ大量の汚水の垂れ流しで悪名高い。そんな蘭州でも、こうした草の根レベルの環境保護活動が動きだし、わずかながら黄河再生の望みがみえてきた。

 90年代半ばまで、中国には環境保護団体はごくわずかしかなかったが、いまでは何千もある。緑駝鈴は、江の息子で25歳の趙中が、蘭州から公害をなくし、黄河を守ろうと、2004年に創設した。団体名はシルクロードを旅する隊商がラクダの首につけていた鈴にちなんだもの。この鈴の音は「生命の証し」だと、江は説明する。「聞いた人に希望をもたせる音色と言われています」

 中国政府も、その音色に、言い換えれば市民の声に耳を傾けはじめたようだ。過去30年ひたすら成長路線を推し進めてきた政府は、ようやく環境コストに目を向けだした。

 世界銀行の試算によると、中国は環境問題による経済損失で毎年GDP(国内総生産)の5.8%を失っているが、影響は経済だけにとどまらない。昨年には、環境の悪化に耐えかねた人々が当局に申し立てた苦情が、何十万件にものぼった。社会不安を回避するためにも、環境対策が不可欠とあって、中国政府は2010年までに水の消費量を30%、汚染物質の排出を10%減らすという野心的な目標を立てた。

 だが、経済成長に目の色を変える地方には、中央政府の統制は及ばない。高い目標を掲げても、状況は悪化する一方だ。環境問題専門の著名な弁護士、王燦発によると、「環境関連の法律は、現実には1割程度しか運用されていない」という。

 自分たちの団体は地元当局と協力関係にあると、江は強調する。「工場に排水の垂れ流しをやめさせようと、役所も頑張っています」。それでも汚染はなくならない。事務所には黄色や赤紫色の工業排水を入れたペットボトルが多数置かれているが、資金不足で分析できないのが悩みの種だ。

 それでも、緑駝鈴は多くのボランティアに支えられ、蘭州市内を流れる黄河の流域40キロの区間でさまざまな調査を実施している。なかでも力を入れているのは、警備員の目をかいくぐって情報を収集し、汚染の元凶となっている工場を世界中に知らせる活動だ。

深刻化する水不足

 蘭州から北東へ320キロ。黄河が寧夏回族自治区の広大な荒野を流れるあたりでは、長期的にみれば、汚染よりもさらに深刻な問題が浮き彫りになる。それは水不足だ。

 中国は世界の人口の20%を抱えているのに、国土にある淡水は世界の7%にすぎず、もともと水資源には恵まれていない。なかでも寧夏回族自治区は非常に乾燥した地帯であるうえに、観測史上最悪の干ばつに見舞われ、水事情はとくに悪い。何千年もの間この地域を支えていた黄河は、いまは流量を大幅に減らしている。銀川付近では、黄河の川幅は極端に狭まり、かつての大河の面影はない。

 地元の人々は雨が降らないからだというが、水不足の最大の元凶は水の無駄遣いだ。急速に農地が拡大し、工業化・都市化が進むに伴い、黄河の水が大量に汲みあげられている。

 中国は、希少な資源であるはずの水を空恐ろしいペースで浪費している。いまでは黄河の流量は40年前のわずか10%。65%あまりの水が農業用に汲みあげられ、その半分程度は配管や用水路の水漏れで失われている。残りは重工業用と都市の生活用水だ。

 中国では1985年まで水道料金は無料だった。いまでも政府が多額の補助金を出しているので、人々の節水意識は低い。しかも、2007年には銀川の北の800キロにわたる区間で総額5兆円を超える新規事業が認可されるなど、黄河流域で鉱工業開発がさらに進んでいるため、大量取水は当面止まりそうもない。

 だが、やがて中国経済は手痛いしっぺ返しをくらうことになりそうだ。中国の約660都市のうち、水の供給が足りない都市は400以上にのぼり、うち100あまりは深刻な水不足にあえいでいる(北京も慢性的な水不足だが、黄河から水を引く大規模工事で、五輪開催期間中には水を確保する見込みだ)。

 すでに中国の穀物生産は水不足で低下していて、世界的な穀物価格の上昇が懸念されている。価格が少しでも上がれば、貧困層には大きな痛手となる。中国の水利相を務めた汪恕誠の言葉が事態の深刻さを伝えている。「一滴の水も無駄にできない。さもなければ死ぬしかない。それが、わが国の直面する現実だ」

 寧夏回族自治区中部の村出身の37歳の農民、孫には、事態の深刻さが痛いほどわかる。2年前、干ばつで井戸が枯れ、バケツにためていた雨水もなくなり、村の36世帯すべてが、周囲の砂漠にのみこまれつつある村を捨てて、紅寺堡渓谷に移り住んだ。ここには、水があるというだけの理由で、40万人を超える環境難民が集まっている。乾燥した灌木地帯に曲がりくねった人工水路を敷設し、30キロ北の黄河から水を引いているのだ。

 政府は貧困と砂漠化対策の一環として、移住者に耕作地と一人当たり約2500円相当の補助金を支給した。村の人々はこの地で耕作を行っている。孫も砂地の畑でトウモロコシを栽培しているが、いまのところ大した収穫は上がっていない。それでも、先輩たちが成功しているのをみて、将来に希望をもっている。「ここに来てよかった。村に残っていたら、生き延びられなかったと思いますよ」

 気になるのは、黄河の寿命だ。砂漠に新たなオアシスができることは、黄河にとってさらなる負担になるのではないだろうか。

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