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特集

貴州省の“隠れ里”
トン族の暮らし

MAY 2008


 私はこうした橋を何度も渡り、村の暮らしのさまざまな情景を目にしてきた。野良仕事に出かける農民たち、登下校する子供たち、袋詰めにした薪を背負って山から下りてくる老女たち。うれしいニュースや悲しい知らせがあるときは、5階建ての堂々たる建物「鼓楼」に11人の村の長老が集まって、村人たちに告げる。広々とした鼓楼の中庭では、秋になると米を広げて乾かし、祝い事があるときはブタが解体され、暖かい夜には男たちがトランプに興じる。

 村人たちはよく戸口から声を掛ける。晩ごはんを食べにいらっしゃい。朝ごはんを食べにおいでなさい。お昼を一緒にどうですか。食事に招待されて、私は何度も花橋を渡った。棚田ではいつでも、米を収穫し、苗を植え、土を耕し、休耕期には野菜を育てる人々の姿を目にした。収穫に取りかかる際、農民たちはまず棚田を区切る畦に穴を開け、田から水を抜く。水が流れ出ると、ぬかるんだ田んぼの底からは、おびただしい数の、人間の手ほどの大きさの魚が、ぴちぴちと跳ねながら姿を現す。苗植えを始める春、農民たちはコイの幼魚を棚田に放っておくのだ。コイは水の中で水草や藻、カタツムリ、ボウフラなどを食べ、稲と一緒に大きくなっていく。

 ある晩、突然嵐が村を襲い、停電になったことがあった。私はそのとき、ある女性の家の台所で小さな椅子に腰かけていた。何百キロものコイを保存食にする作業中だった彼女の役に立ちたい一心で、小さな懐中電灯で彼女を照らした。彼女は、花椒など5種類の調味料をペースト状にしてコイの腹に詰めていた。ぴりりとした刺激のある花椒は、貴州省の料理独特の、辛い麻辣味の味付けに欠かせない。麻辣味をたっぷり利かせた料理を口にすると、暑さなど忘れてしまう。彼女は何時間もコイの漬け込みを続け、翌日にはかがみ込んで野良仕事にいそしんだ。背中が痛くならないかと聞くと、彼女は「いつだって痛いよ。仕事が終わることはないからね」と、答えた。

霊の力を信じる人たち

 新年を迎える頃、漬け込んだコイは熟成し、発酵して「アニュ」という独特の味わいをもつ魚肉になり、祝宴の料理に欠かせない調味料になる。アニュは侮りがたい霊力を秘めている。ある晩、私は板石敷きの道を小走りに風水師の後に従い、ブタ小屋を訪れた。ブタ小屋に着くと、風水師は、「ガンジン」という、山の中に住む、足が前後逆向きについている地神を讃える呪文を唱えた。その日の午後、一人の少年にガンジンがとりつき、熱と痛みで苦しめたのだ。この儀式を終えた3分後、少年の母が駆け込んできて、「もうものが食べられるようになりました!」と、知らせてきた。

 この風水師は、薬物について学ぶ本草家だった叔父からこの呪文を教わった。この叔父も長年、風水師を務め、家には治療を受けに来た人々が行列をつくった。ほんの1時間ほどのあいだに、この本草家は10人もの患者に治療を施した。訪れた患者の大半は年配の女性たちで、伝統の民族衣装に着古した上着をまとい、自分で織って色をつけた布地を使った頭飾りを巻いていた。

 ある女性は、孫の男の子が突然頭と腹が痛いと言いだしたと訴えた。

 本草家は紙を燃やし、その灰を米粒と一緒に水の上に浮かべた。それから呪文を唱え、指を折りながら、台所の神、橋の神、怪我の神と、治療法を教えてくれそうな神々の名前を口にした。やがて治療法のお告げがあった。少年は曾祖母の亡霊を見てしまったというのだ。本草家は老女に、少年の病を治すには、酒とアニュで曾祖母をもてなし、十分に食べさせてから、冥界に旅立たせるがよい、と告げた。

 また、きちんと煮沸していない水を飲んだため下痢になった赤ん坊を治療するため、本草家はさまざまな植物の葉を集めて飲み薬をこしらえてやった。本草家はこうした治療の代金を一切受け取らない。

 「単なる迷信ですよ」子供たちに歌を教える、30代の男性教師はそう切り捨てた。「亡霊の存在を信じている老女たちのたわごとです」。

 地捫では、今でも老人たちが大きな役割を担っている。「ザー」と呼ばれる老女たちは、幼い孫を背負い、孫の両親が仕事から戻るまで、一日中世話をする。両親が出稼ぎに出ている場合は、こうした老女たちが孫を育て、トン族の伝統や風習を教える。孫に歌を聞かせ、その歌を通じて食事の作法や野良仕事のやり方、無私無欲の気高さ、強欲の罪深さを教える。孫が腹痛を訴えたり、鼻水が止まらなかったりすると、診療所へ連れていき、薬を与える。

 いずれも60歳過ぎの11人の長老たちは、村の安泰と秩序はトン族の慣わしに従って管理するのが正しいと考えている。最も高齢の長老は、共産党員が初めて貴州省に現れて以来、村が次々とさらされてきた大きな変化を目の当たりにしてきた。文化大革命の頃には高等教育を受けた若者が、農民として働くためにこの土地に送り込まれた。7年前には、チャンネルが20もあるテレビが登場した。ほかの村では、衛星放送の受信アンテナが、家々の屋根に目立つようになった。

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