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中国の真実

MAY 2008


 彼らの専攻科目は英語だった。多難な歴史を乗り越えて、諸外国との友好関係を築くべく新設された学科だ。アヘン戦争以来、中国は外界を“脅威”とみるか、“好機”とみるか、両極端な見方の間で揺れていた。そうこうするうちに、毛沢東の「外国嫌い」と排外主義によって、20年間の鎖国状態に入ってしまう。その後、180度の方向転換を図った鄧小平は、海外との貿易を奨励し、1990年代にはすべての中等・高等学校で英語が必修科目になった。英語教師は常に不足しがちで、教え子たちのほとんどは卒業後、小さな町の学校で教職に就くつもりでいた。

時代とともに変わる意識

 学生たちの作文にも時折、昔ながらの「外国嫌い」が見え隠れした。一度、「私の嫌いなもの」という課題を出したとき、薄っぺらな作文用紙はかつてないほど怒りの言葉で埋めつくされた。1930年代に侵略してきた日本人や、台湾を牛耳る国民党への怒り……。ショーンという学生は、「中国の発展を阻もうとする国は、みな大嫌いです」と、感情的な調子でつづった。リチャードは、会ったこともない台湾の総統を憎んでいた。「李登輝は天命に背き、人民の願いにも耳を貸さない。台湾を、自分の独裁国にしておきたいのです」

 それでも、私が中国に派遣されて教師を始めた頃には、すでに、外界を“好機”とみる考え方が優勢になっていた。学生たちも興味津々で、米国の習慣や法律、製品について、いつも質問ぜめにされた。なかには夢を追って、故郷を遠く離れる道を選ぼうとする者もいた。ヴァネッサは美人で、英語の成績もいつも優秀だった。ほかのクラスメートとはちょっと違った考え方をもっていて、自分の夢をよく語っていた。「いつか米国へ行って、中西部の、果てしなく広がる大草原を見てみたい。先住民がどんな顔をしているか、彼らがどんな生活をしているのか、この目で確かめたいのです」

 日本による侵略や文化大革命、天安門事件など、1900年以降、政治的な大変動なく10年以上を平穏に過ごせたことは一度もなかった。20世紀はまさに、動乱の世紀だったのだ。学生たちが国の過去について書こうとする時、慎重になるのは無理もない。

 ピースコーの任務を終えた後も、私は中国にとどまり、物書きの仕事をした。いつしか10年を超える歳月が流れ、その間に、いくつもの歴史的瞬間を目にした。鄧小平の死、香港の返還、2008年のオリンピック招致決定-。

 北大西洋条約機構(NATO)軍がセルビアの首都ベオグラードの中国大使館を誤爆した事件が引き金となって、大規模なデモが起きたのは1999年のことだった。同じ年、気功団体「法輪功」のメンバーによる抗議がメディアに大きく取り上げられ、その数年後には、重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染が爆発的に広がって、世界中の注目を集めた。

 しかし、こうした出来事は一般的な国民の生活にはほとんど何の影響も及ぼさなかった。痛ましい過去への認識が、1990年代をそれまでとは異質な時代にしたのだろう。近代では初めて、中国は波乱のない10年を過ごし、21世紀に入ってからも、今のところ平穏な日々が続いている。

 動乱がない一方で、中国は大きく変貌を遂げた。30年間にわたって、毎年平均10%近い、けた外れの経済成長率を記録し、どの時代のどの国よりも、多くの人々が貧困層から抜け出している。人類史上かつてない規模で都市化が進み、今や推定1億5000万人が農村部から流出。その大半は大陸沿岸の工場地帯で働いている。穀物や食肉、石炭、鉄鋼の消費量がすでに米国を上回っている中国は、世界最大の消費国と言っていいだろう。

明るい未来の新たな問題

 強力な指導者と政変の1世紀が終わり、国の未来を国民が描きだす時代がついに到来した。しかし、国家を導くのが法に基づく一貫した政治体制ではなく、13億人の人民がてんでに抱く“夢”であるというのは、リスクをはらんだ状況だ。中国は現に、世界一の二酸化炭素排出国となり、水などの資源が著しく不足して、深刻な環境危機に直面している

 さらに、都市と農村の所得格差は3倍にもなり、貧富の差は拡大するばかりだ。このままでは国の将来にも危険を及ぼしかねない。だが、こうした問題はいずれも一般市民が解決するにはあまりにスケールが大きく、全体像の把握さえ難しい。政府は依然として政治の自由を厳しく制限しているため、国民は社会的な問題を避けて通ることに慣れてしまった。

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