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特集

ハワイの絶景
ナパリコースト

APRIL 2008

 8年前のこと。パーカーはやはり深夜までここで考え事に没頭していて、あることを思いついた。研究室に大きな砂山を作り、砂漠に生息する甲虫をそこに放して、水を集めるメカニズムを調べることにしたのだ。

 キリアツメゴミムシダマシというこの甲虫は、世界でも屈指の乾ききった酷暑の地、アフリカ南西部のナミブ砂漠に多く生息する。この甲虫は、朝霧がたちこめるころに風上に向かって尻を高くもちあげ、霧の水分を背中にある親水性の突起で集める。そのわずかな水分が水滴になり、突起と突起の間にある、水をよくはじく溝を伝って甲虫の口に入るのだ。

 パーカーはナミビアからこの甲虫を何十匹か輸入して、ヘアードライヤーと噴霧器を使って、ナミブ砂漠の条件を再現し、水集めの仕組みを解明した。さらに、顕微鏡のスライドグラスに突起代わりの小さなガラス粒を付け、溝の代わりに水をはじくワックスを塗って、水滴が伝う仕組みも実現してみせた。

 こうした構造を生みだす材料はいたってシンプルで、たいていはカルシウムやケラチン、二酸化ケイ素といったありふれた素材だ。自然はこれらを使って、驚くほど複雑だったり、頑丈だったりする構造を作りあげるのである。

 たとえば、アワビの貝殻は炭酸カルシウムでできている。もろいチョークと同じ材料だが、タンパク質の働きによって、炭酸カルシウム分子をナノレベル(1ナノメートルは1メートルの10億分の1)の微細なレンガのようにジグザグに配置することで壁を作っている。こうして非常に頑丈な貝殻ができあがるのだ。

 生物のもつ驚異的な構造を人工的に作りだすには、その基となる微細構造の解明が欠かせない。パーカーは、非常に効率的に水を吸収して伝える、肉眼では見えない構造を見つけようと、博物館にあるモロクトカゲの標本の皮を走査電子顕微鏡で観察する手はずを整えていた。

 電子顕微鏡がとらえた世界では、モロクトカゲのとげは巨大な山のように見える。その山の中腹あたりに、小さなこぶが並び、山を下るにしたがって、そのこぶがより大きな構造をなしている。おそらくはこれが水を集める装置だろう。山のふもと、つまりとげの根元を観察すると、ハチの巣状になった刻み目が見えてきた。それぞれの刻み目の幅は25ミクロンほどだ。

 「ははあ、これだ」。手がかりを見つけたシャーロック・ホームズのように、パーカーが声を上げた。「この構造によって表面が超撥水性になり、ウロコの間を水が伝っていくのでしょう」

 さらにマイクロCTスキャナーで皮を調べると、ウロコの間に水を吸い上げる役目をしていると思われる微細な毛細管が見つかり、パーカーの推理が裏づけられた。「これで、モロクトカゲの構造はかなりはっきりわかりました。次は試作品を作る段階です」

アイデアと技術が出会ってこそ

 ここでエンジニアの出番となる。トカゲに着想を得た集水装置を開発するため、パーカーは、これまでも何度か一緒に仕事をしてきた化学工学の専門家、マイケル・ラブナーとロバート・コーエンに自分の観察と実験の結果を伝えた。生物学者のアイデアと研究が、エンジニアの技術力と出会ってはじめて、バイオミメティクス研究は成果を結ぶ。パーカー、コーエン、ラブナーのチームはこれまで、昆虫にヒントを得て、実用化が期待できる技術を何件か開発してきた。今回のモロクトカゲの皮をヒントにした研究にも期待がかかる。

 コーエンとラブナーは、生体の構造に触発されはするものの、それをただ模倣しようとは考えていない。自然は技術革新の出発点にすぎないと、コーエンは話す。「集水装置を作るのに、トカゲの皮を人工合成する必要はないし、反射を防ぐのに蛾の目と同じ物を作る必要もありません。自然の構造から、役に立つ何かを見つけだせればよくて、私たちはそれよりもっと良い物を作れるかもしれないのです」

 モロクトカゲから得たヒントを生かすことで、ナミブ砂漠の甲虫から開発した集水技術をさらに改良することだってできるかもしれない。コーエンらは、この技術を集水素材や落書き防止塗料、台所や病院用の表面加工などに応用しようとしているが、それらとはまったく異なる応用の道が開ける可能性もある。

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