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岐路に立つブータン

MARCH 2008


 ブータンは国土の4分の3近くが森林で、25%以上を保護区に指定している。これは世界でもかなりの高水準だ。識字率と乳児死亡率も大幅に改善された。観光業も伸びているが、観光客一人当たり最高1泊240ドルの観光税を徴収するので、ネパールのようにバックパッカーが押しよせ、荒らしまわることもない。国民がテレビを見られるようになったのは、1999年の末のこと。インターネットに接続できるようになったのも同じ年だ。

 しかし、パンドラの箱を開けたことで、懸念も高まっている。きわめて保守的で孤立していた社会が、米国の人気ラップ歌手の50セントやプロレスのような激しい格闘技をいきなり目にしたらどうなるだろう。しかも、この国の人口63万5000人のうち、半数が22歳未満と若く、影響を受けやすいのだ。

 そして今、ブータンの壮大なる実験は、民主政治への移行で最高潮を迎えようとしている。ブータン政府の高官によれば、国民に敬愛される君主が、自発的に主権を国民に譲った例はこれまでないという。ところが2006年12月、ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王はそれをやってのけたのだ。

 2008年には大きな慶事が重なる。まず戴冠式が行われ、ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王が、28歳の息子ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクに国鳥であるワタリガラスをかたどった王冠を授ける。新国王からは立憲君主となる。

 2008年、王国は成立から100周年を迎える。本当は2007年だったが、王室付きの占星術師が翌年のほうが縁起がよいと見立てたため1年延ばしたのだ。そして何より重要なのが、夏に予定されている民主政府の発足だ。

 国民総幸福量の理念が真に試されるのはこれからだ。今後ブータンを率いる市民出身の指導者たちは、いくつもの難問に直面するだろう。そもそも国民の多くが今も歴代国王を敬慕していて、民主政治に懐疑的なのだ。すべてを均質にしようとするグローバリゼーションの波に洗われながら、ブータンらしさを保っていくことはできるのだろうか。伝統の維持と経済発展のバランスをうまくとり続けることはできるのだろうか?

 ブータン中央部、ブラック・マウンテンズの奥深くにあるナブジ村。ここにはまだ、舗装道路も電気もきていない。古い寺の床に、朝の日差しが差しこむ。石柱の前に老婆がひざまずいている。この柱はナブジで最も神聖な遺物で、石にできた小さなくぼみは、グル・リンポチェとも呼ばれる高僧パドマサンババの手形とされている。パドマサンババは8世紀に「トラにまたがってブータンに飛来し、チベット仏教を伝えた」とされている人物だ。

 トゥムトゥムという名の白髪の老婆は、祈りの言葉を唱えるたびに床にひれふし、目の前に置かれた108粒のトウモロコシを一つ動かす。彼女は3カ月で9万5000回トウモロコシを動かした。1日当たり1000回だ。これを10万回になるまで続けるという。トゥムトゥムがひざまずいている場所は、床板がすり減ってへこんでいた。「くたびれて眠ってしまうこともあります。それでもお祈りはやめません。これが私たちの伝統ですから」

 世界中どこを探しても、ブータンの田舎ほど伝統が深く根づいているところは見つからないだろう。国民の7割近くがナブジのような村に暮らしている。人の手が入ったことのない森と、見上げるとめまいがしそうな高い山々に囲まれ、近くの道に出るまで徒歩で6時間もかかるような村だ。

 ナブジ村に訪れた日は太陰暦の祝日で、棚田には誰もいなかった。村人たちは、女はキラ、男はゴと呼ばれる民族衣装のよそいきを着て、寺の周りを回る儀式を行っていたのだ。イトスギのてっぺんには、経文の印刷された旗が結びつけられている。前村長のリケは語る。「風が吹くたびに、この旗が私たちの祈りを天に届けてくれるのです」

 ブータンで信仰されているチベット仏教は密教で、俗っぽく、ユーモアや茶目っ気にあふれている。性的な表現が豊富なのは、性交渉もまた悟りにつながるという、密教の教えを反映しているのだろう。

 その思想を最も大胆に体現しているのが、「風狂の聖」として今もブータンで愛されている16世紀の高僧ドゥクパ・クンレだ。彼は田舎でどんちゃん騒ぎをし、悪魔を退治して、自らの“燃えさかる稲妻”、つまり男根で、娘たちを悟りに導いたという。今もブータンの家々には、クンレにちなんだ魔除けとして、巨大な男根像がきれいに彩色されてぶら下げられたり、壁に描かれていたりする。

 しかし、燃えさかる稲妻も時代の変化には逆らえない。ブータンでは教育改革が進み、1982年にわずか1割だった識字率は6割まで上昇した。診療所が充実したおかげで、平均寿命は43歳から66歳に延び、乳児1000人当たりの死亡数も163人から40人に減った。ナブジ村に常駐する医師はいないが、祭りの翌日にはトンサ県立病院から3人の医師が山を越えてきて、子どもたちに予防接種をした。

 陸の孤島だったナブジ村の状況は、日ごとに変わりつつある。谷の向こうから響きわたる爆音は、数キロ先の森に道路を通す工事の音だ。村からも15人ずつが交代で駆りだされ、爆薬70キロ入りの袋をかついで山道を登る。道が村に通るのは1~2年後だが、道が通れば電気もテレビも来て、交易も盛んになるだろう。長老たちの中にはナブジの素朴さが失われることを心配する人もいるが、若い世代は違う。彼らはカルマ・ジグメの話を聞きたくてしかたがない。北米のプロバスケットボールリーグNBA風のだぼっとしたショートパンツをはいたジグメは26歳の塗装工で、5年間町で働いた後、最近ナブジに戻ってきた。

 ジグメの語る町の話は、現代のことなのにどこかブータンの昔話を聞くような趣がある。最初にテレビを見たときは、ちょうどプロレスをやっていた。ものすごい形相のレスラーが「箱から飛びだして殴りかかってくる」と思ったジグメは、怖くてベッドの下にもぐりこんだという。

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