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古代の海を制した
南太平洋の民

MARCH 2008


 勇敢にも、まだ見ぬ大地をめざして紺碧の大海原へと漕ぎ出していったラピタ人たちは、単なる冒険者ではなく、開拓者でもあった。家族、家畜、タロイモの苗、石器など、新たな生活を築くためのあらゆる必需品をたずさえて旅に出たのだ。わずか数世紀のうちに、彼らの居住圏は、ジャングルに覆われたパプアニューギニアの火山地帯から、はるか3000キロ以上東の、サンゴ礁の島々にまで広がった。数百万平方キロに及ぶ未知の海域を探検し、バヌアツ、ニューカレドニア、フィジー、サモアといった、それまで誰も知らなかった南洋の島々を発見しては、入植していったのだ。

 何世紀も時代が下ると、彼らの子孫は、ポリネシアの偉大な航海者として世に広く知られるようになる。タヒチ人やハワイ人、ニュージーランドのマオリ族、イースター島に謎の石像を立てた人々―その基礎を築いたのはラピタ人だ。子孫たちが太平洋全域に広めた言語や風習、文化は、もともとはラピタ人たちが島々に伝えたものなのだ。

 栄えある遺産を遺したラピタ人だが、彼ら自身についての記録はほとんど残されていない。私たちは陶器のかけらや動物の骨、黒曜石の薄片、あるいは比較言語学や地質学的な特徴といった曖昧な情報をつなぎ合わせることで、彼らの歴史を推測するしかないのだ。

 ラピタ人の航海の出発点は、パプアニューギニア北部の島々までさかのぼることができる。だが、今でも太平洋全域で話されている彼らの言語は、実は台湾に由来するという。また、図柄など独特の装飾がほどこされたその陶器のルーツは、おそらくフィリピン北部にある。

 エファテ島で墓所が見つかったことにより、研究者たちは以前よりはるかに豊富なデータを入手できるようになった。これまでのところ、高齢の男性や若い女性、赤ん坊を含む62人分の骨が出土し、地中にはさらに多くの遺骨が埋まっていることがわかっている。

 これらの人骨がオセアニアの島々をめざして航海した人々のものだというスプリッグスの説は、複数の証拠によって裏打ちされている。放射線炭素年代測定によって、遺骨はラピタ人が生活圏を広げ始めた年代のものと特定された。出土品の中には埋葬用のかめもあり、その表面にほどこされた鳥の模様の装飾は、中に納められた遺骨がラピタ人のものである証しだ。さらに、従来4個しか出土していなかったラピタの壺が、6個も、しかも完全な状態で見つかったことで考古学者は色めきたった。

 遺跡に散らばる黒曜石も意外な発見をもたらした。その化学組成から、産地はエファテ島ではなく、大航海の出発点となったパプアニューギニア・ビズマーク諸島のある島だと判明したのだ。この美しいガラス質の火山岩は、物を切ったり削ったりするための石器に加工されていた。カヌーの旅に必須のサバイバルの道具だったのかもしれない。

 遺骨の歯を化学的に分析すると、エファテ島に埋葬されたラピタ人のうちの何人かは、どこか別の場所で子供時代を過ごしていたことがわかった。成長期に摂取した食物や水は、形成中の永久歯の中に酸素や炭素、ストロンチウムといった元素の形で蓄積される。そのため、元素の同位体を比較すると、育った土地によって微妙な差が生じるのだ。故郷の島こそ特定できていないが、彼らが人生のある時点で遠洋航海に乗り出し、再び戻ることがなかったことは確かだ。遺骨から抽出したDNAが、太平洋の島々に暮らす民族のルーツや、移住の出発点となった地域についての謎を解く重要な手がかりとなるかもしれない。

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