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特集

古代エジプトを支配した
ヌビア人の王たち
ブラックファラオ

FEBRUARY 2008


 ピイは、黒いファラオと呼ばれるヌビア人の王たちの一人で、70年あまりエジプト全土を支配したエジプト第25王朝の初代の王だ。黒いファラオは、群雄割拠していたエジプトを再統一して、南は現在のスーダンの首都ハルツームから、北は地中海沿岸部までを版図に収める一大帝国を建設し、数々の壮麗な建造物を残した。アッシリアと戦い、聖都エルサレムを救ったのも、彼らの功績とみられている。

 最近まで、黒いファラオの歴史が語られることはほとんどなかったが、ここ40年ほどで考古学的な調査が進んだ。ヌビア人の王が台頭した背景には、少なくともエジプト第1王朝の時代から2500年間もナイル川の南の流域に栄えた、活力あふれるアフリカ文明があった。

 現在、スーダンのヌビア砂漠に残るピラミッドは、エジプトよりも数が多く、壮大な遺跡群を成している。スーダン西部のダルフール地方では今も紛争が続き、南部でも内戦後の混乱が続いているが、ナイル川流域はそうした地域とは別世界のように静かで、遺跡群を一人でゆっくり見て回ることもできる。

 だが今、ようやく日の目を見たこの古い文明の跡が、再び失われようとしている。スーダン政府は、ナイル川のアスワンハイダムから1000キロほど上流で新しい巨大ダム、メロウェダムの建設を進めている。1960年代にアスワンハイダムができたときには、ヌビア北部が広範囲にわたって、ナセル湖(スーダンではヌビア湖と呼ばれる)の底に没した。

 2009年にメロウェダムができると、長さ170キロの人工湖が生まれ、ナイル川の第4急湍(ナイル川で流れが急な難所の一つ)周辺の地域が、何千という未発掘の遺跡とともに水没する。ヌビアの歴史の宝庫がまたもや湖底に沈むとあって、考古学者たちはこの9年間、精力的に発掘作業を進めてきた。

軽視されたヌビアの歴史

 古代世界に人種差別はなかったようだ。ピイがエジプトを征服した時代には、肌の色は問題にされなかった。古代のエジプト、ギリシャ、ローマの彫刻や壁画には、人種的な特徴や肌の色がはっきりと表現されているが、黒い肌が蔑視されていた様子はほとんどない。肌の色を気にするようになったのは、19世紀に欧州列強がアフリカを植民地化してからだった。

 かつてヌビアのあったナイル川中流域に足を踏み入れた欧州の探検家たちは、優美な神殿やピラミッドを見つけたことを興奮ぎみに書き残している。これは、クシュと呼ばれている古代文明の遺跡だ。

 米ハーバード大学の著名なエジプト学者ジョージ・レイズナーは、1916~19年の発掘調査で、ヌビア人の王によるエジプト支配を裏づける考古学的な証拠を初めて発見した。だが、遺跡の建設者は肌の黒いアフリカ人であるはずがないと主張し、自身の業績に汚点をつけた。

 クシュの王たちは白人だったのか、それとも黒人だったのか。歴史家たちの見解が二転三転する時期が何十年も続いた。権威あるエジプト学者、キース・シーレとジョージ・ステインドーフは1942年の共著書の中で、ヌビア人の王朝とピイ王の征服についてわずか3行ほどしか触れておらず、「だが、彼の支配は長く続かなかった」とあっさり片づけている。

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