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特集

氷の戦士たち
ポーランド冬季登山隊

JANUARY 2008


 サンスクリット語で「裸の山」という意味のナンガ・パルバットは、ポーランド人の冬山登山家なら誰もが登頂したいと願う山の一つだ。これまでに四つの遠征隊が冬季登頂を試みたが、すべて失敗に終わった。インダス川によってカラコルム山脈の他の山々と隔てられたナンガ・パルバットは、ヒマラヤ山脈の西の外れにそそり立つ孤高の山だ。多くの登山家の挑戦を退けてきたナンガ・パルバットの初登頂に成功したのは、オーストリアの登山家ヘルマン・ブールで、1953年のことだった。当時、海外登山を禁じられていたポーランドの登山家たちは、是が非でも初登頂に挑みたかったにちがいない。

 第1次世界大戦で100万人以上の国民を失ったポーランドは順調に復興を遂げていたが、1940年代の第2次世界大戦で国土は焦土と化し、人口の5分の1にあたる600万人近くが命を失った。東西冷戦が始まると、知識階級や反政府活動家をはじめ、自分の意見をもつ人はすべて旧ソ連の傀儡政権によって弾圧された。巨岩のような共産主義体制に亀裂が入ったのは1981年になってからのことである。

 この長い苦難の時代は、ポーランド国民の心に消すことのできない傷跡を残した。しかしそれは、悲しみに満ちた同国の歴史の最も新しい章にすぎない。遠い昔から、ポーランド民族はどんな逆境をも耐え忍び、たとえ苦闘の末に失敗したとしても、英雄は英雄であり続けるという考え方を身につけてきた。過去1000年の間に少なくとも5回、征服者がヨーロッパの地図からポーランドを抹消し、その記憶を消し去ろうとした。ポーランド人はそれにもめげず、自らのアイデンティティを保ってきたのだ。

 ポーランドの登山家にも、この不屈の精神が宿っている。共産主義時代、ヒマラヤやカラコルムへの遠征隊に参加することを禁止されていた彼らは、1953年のエベレストとナンガ・パルバットから、1964年のシシャパンマまで、世界の最高峰への初登頂を果たす機会を奪われた。 

 その代わりに、ポーランド最南部のタトラ山脈にある、決して高いとはいえない山々で憂さを晴らしてきた。最も高いリシ山でも、標高2500メートルしかない。タトラ山脈には氷河も万年雪もないが、冬山登山は凍傷や低体温症、雪崩などの恐れがあり、夏山に比べてはるかに危険で困難だ。それでもポーランドの登山家たちは夢中になった。

 そうした初期のポーランド人冬山登山家の一人に、アンジェイ・ザバダがいる。長身でやせ型、わし鼻の地球物理学者で、1973年に許可を得てアフガニスタンを訪れ、登山隊を率いて初めて冬季の7000メートル峰に挑み、標高7492メートルのノシャク山登頂に成功。翌冬はジグムント・ハインリクとヒマラヤ山脈のローツェに挑み、冬季では世界で初めて、標高8000メートルを超える「死の領域」に到達した。1970年代末には、ザバダは冬季のエベレスト登頂も不可能ではないと豪語するまでになった。

 1979年冬、ザバダはネパール政府を説得してエベレストの登山許可を得る。これは冬季初のエベレスト登山許可であり、これ以降、ヒマラヤの冬季登山が正式にスタートすることになる。当時はまだ、冬季の高峰登山は自殺行為だと考える登山家は少なくなかったが、ザバダには自信があったーーポーランド人は二世代にわたって、冬山登山の訓練を重ねてきたのだ。

 1980年2月17日、ザバダ率いる遠征隊のレーク・チヒとクシストフ・ビエリツキがエベレストの頂上に到達、8000メートル峰初の冬季登頂に成功した。

 2006年12月12日、ビエリツキは遠征隊を率いて、再びナンガ・パルバットにやってきた。凍結した川沿いの深い雪の中に設営されたベースキャンプから、隊員と高地ポーターが荷物を運び上げている。ビエリツキが熱いトリッパ(牛の胃袋)のスープを飲んでいると、無線が入った。彼はレシーバーを取り上げ、応答する。

 事故の知らせだった。雪崩が起きて、ベテラン高地ポーターのハッサン・サドパラが負傷したという。ビエリツキは硬い表情でうなずいている。これまで多くの人が山で命を落とすのを目にしていたし、友人も10人以上亡くした。肩の負傷だけだと聞いてほっとした表情を浮かべる。そして隊員に、できるだけ早くサドパラをベースキャンプまで下ろすよう指示を出す。

 ビエリツキはアジアで37回の登山経験をもち、8000メートル峰全14座制覇を世界で5番目になし遂げたベテラン登山家だ。そのうち、エベレスト、カンチェンジュンガとローツェの冬季初登頂を果たしている。世界でも最も成功したヒマラヤ登山家の一人なのだ。

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