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特集

シリーズ「地球の悲鳴」
消えゆく永久凍土

DECEMBER 2007


 翌日、私たちはホッキョクイワナを釣りに出かけ、ピンゴに登り、手つかずの自然の美しさに引きこまれるように、夢中で小舟をこぎ続けた。周囲に文明のにおいはまったくない。人の手が入ったことのないありのままの自然が広がっていた。廃墟もフェンスも、国旗も道路もない。人工物がない風景は、私たちの中にある生命の根元に語りかけてくるのだろうか? 理由もなく、永遠に続く自然の営みを意識させられた。

 旅している間、私はいつも誰かと行動をともにしていた。安全だからとか、仲間がいれば何かと都合がいいからという理由だけではない。連れあいがいれば、言葉ではうまく伝えられない極北の地の感動と興奮を分かちあえるからだ。このような自然との個人的な結びつきが強くなればなるほど、人間どうしの絆も固くなる。

 あの日々が懐かしい。あれ以来、私は何度も世界の辺境を訪れた。オーストラリアのタナミ砂漠、南極のクイーン・モード山脈、ボツワナのボロ川上流。しかし、北極圏の風景に感じたような親愛の情が湧く場所は、故郷のオレゴン州西部の風景以外にはなかった。

 私は数十年に及ぶ旅の中で、狩りや採集、農業、牧畜など、自然と深く結びついた生活をしている人々によく出会った。自分たちの生活様式をしっかり守っていくためには、みずからの置かれた状況を細部の細部まで知りつくしていなければならない人々だ。彼らと話をしてみて、その繊細な適応力に感心したが、それ以上に魅せられたのは知識の体系だ。無数にある自然の細かな情報を認識し、記憶として整理して、活用する能力には目を見張る。高度文明社会を生き抜く知識くらいしかない現代人とは、根本的に違う暮らしをしている。

 いつか誰かが現代人の孤独の原因を突き止めたとしたら、その答えはまわりの自然との絆の喪失、地球そのものとの断絶なのではないかと、私は思う。もはや現代人には、自然と触れ合う機会があまりない。あったとしても、すぐに元の暮らしへ戻る人が大半だ。たいてい人間というものは、安らぎを得られる場所や風景を求めるものだと思うのだが、人々がこれほどまでに自然への関心をなくしてしまったのはなぜだろうか? この疑問が、ずっと私の頭から離れない。

 北極圏をよく旅していた頃、ユピックやイヌピアット、イヌイットといった先住民の人々に、私のように文明社会で暮らす人間の特徴は何かという質問を繰り返した。困惑するほど多かった答えは、「孤独」だった。

 どうすれば孤独を癒せるのか。私がたどり着いた結論は、人づきあいの範囲を広げることではない。親密な絆を作りあげ、それを守っていくことだ。こうした深い絆を特徴づけるものは信頼--自分の弱さをさらけ出し、一方的な押しつけや拒絶を気にせずに、困難な問題を語り合える関係だ。なぜこんな話をするかというと、私はこの記事の写真のように心を揺さぶる風景の中を旅するとき、何よりも自然との深い絆を求めるからだ。こうした結びつきがもたらす喜びを感じるには条件がいくつかあることを、私は身をもって学んだ。自然の前で自分の弱さをさらけ出すこと、先入観をもたずに目の前の風景に接すること、そして私という存在など気にも留めない自然を信頼することだ。

 私には、旅先で自分に課しているルールがある。出会った風景を一人の人間と同じように扱い、一個の人格と同じくらい深い意味をもつ存在として向き合うことだ。風景が語りかけてくるのをじっと待つ。ただひたすら耳をすまし、自然の声を待ち続ける。

 人が住んでいるかどうかにかかわらず、地球のあらゆる場所は美しいと言っていい。古来、さまざまな思想や信仰をもつ人々が、自然をもの言う存在として大切に扱ってきた。ところが、現代では大半の人々が、地球はもの言わぬ物体とみなし、それ自体に価値はないと考えているようだ。地球の価値は世俗的に役に立つかどうかで決まる、絵はがきのようなお決まりの風景美こそ地球の価値だと。

 今こそ、地球の自然に対して人類がどう対峙すべきかが問われている。

 写真を見ながら、私は不安な胸騒ぎを覚える。凍った大地の崩壊は、今や世界各地に広がりつつある。まさに無言の警告だ。たとえ北極圏を訪れたことがなくても、地球に秘められた深遠な意味を語りかける写真を見れば、身近に感じることができる。

 写真は問いかけている。人類社会はこれを見てどう思うのか、これから先、美しい地球で暮らすことの意味はどう変わるのか、と。

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