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トンガに迫る
決断のとき

NOVEMBER 2007


 トンガは決断を迫られている。過去か未来か、君主制か民主制か、孤立主義を採るかグローバル化を推進するか。すぐにも選択しなければならない。

 先ほど私に謝った衛兵が小走りにその場を離れたかと思うと、数分後に戻ってきた。「悪いね」と衛兵は言った。「皇太子殿下はまだお休み中だ。おそれ多くて誰も起こせない」

 トンガ王室が国民にこれほど畏怖されるのには、それなりの理由がある。約900年前に王朝が開かれて以来、歴代の王は戦争と外交を巧みに利用して、サモアやおそらくフィジーなど、従順な周辺の島々を支配下に置いた。今日でも、太平洋のなかで外国勢力に支配されたことのない国はトンガだけだ。歴史的に見れば、トンガはおおむね孤高を保ってきた国で、国民もほぼ単一のポリネシア人で構成されている。

 しかし、文化的には外からの影響を大きく受け、探検家や宣教師、いかがわしい山師や罪人といった人々がこの島々を訪れ、足跡を残している。1770年代にトンガに到達した英国のジェームズ・クックは、人々の歓待に感銘を受け、この地をフレンドリー諸島と名づけた。これはトンガの別名として定着する。クックは気づいていなかったが、実はトンガの人々はクックを殺すつもりだったのだ。

 国民の識字率は99%に達するが、国の収入はもっぱら海外に移住したトンガ人からの仕送りが頼りだ。全部で32ある国会の議席のうち、国民の投票で選ばれるのはわずか9議席。残りは国王と貴族が選出する。そして、あらゆる決定は国王の承認を得なければならない。

 ツポウ4世は長い間、国民の尊敬を集めてきた。身長1メートル88センチ、体重210キロの堂々たる体格は、王侯らしい威厳に満ち、若いころはサーフィンやダイビングもこなしていた。しかし、近年病気がちになり、判断力が怪しくなってくると、王室一家は「常軌を逸した」としか言いようのない事業に次々と手を出しはじめる。

 国王は海水を天然ガスに転換する試みに数億円を投じた。長男の皇太子は、トンガを放射性廃棄物の処分地にしようとした。また、地質学的に可能性はほとんどないにもかかわらず、費用のかさむ石油資源の調査を続けた。

 1980年代に入ると、国民を本当に怒らせる事態が起きる。トンガ国籍のパスポートを売りに出すことを、国王が思いついたのだ。ほかの国から追放された厄介者、なかには「おたずね者」もいたが、彼らはこのチャンスに飛びついた。フィリピンの元大統領夫人、イメルダ・マルコスも、トンガ国民になった一人だ。パスポートの売り上げは2500万ドルにもなったが、抗議が相次いで販売は中止となった。

 だが話はそれで終わらない。国王はパスポート販売の利益を、ジェシー・ボグダノフという米国人に注ぎこんだのだ。“宮廷道化師”に任命されたボグダノフの最初の出しものは、姿を消す奇術だった。つまり、彼は王国の金を保険商品に投資して失敗し、行方をくらましたのだ。

 トンガ国民はそんな道化芝居に笑えるはずもなく、王室の役割に疑問を持ちはじめたが、王族の暴走は続き、手がつけられなくなっていった。もっぱら外国で教育を受け、英国のサンドハースト王立陸軍士官学校とオックスフォード大学に学んだ皇太子は、完璧な仕立てのツイード地のスーツを着こなし、片めがねをかけることすらある。話しかたも純英国風だ。1998年には閣僚の職を辞して事業に専念し、ビール会社や電力会社、通信、航空などの会社のオーナーとなった。国民のうさんくさげなまなざしもお構いなしだ。皇太子は我々トンガ人のことを嫌っているのではないだろうか。いやそれ以上に、自分たちが皇太子を嫌っているのかもしれない。トンガ国民はそんな思いをいだきはじめた。

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