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マラッカ海峡
の海賊たち

OCTOBER 2007



 問題はタンカーの17人目の乗組員だった。海賊仲間の9人がタンカーに乗りこんだ直後、モーターボートに残っていたアリフィンは、乗組員の一人が「ラヌーンだ!」と叫ぶのを聞いた。捕まった16人の乗組員は、最初抵抗を試みたが、船長の呼びかけに応じて降伏した。海賊たちは乗組員一人ひとりに名前を聞いてから手足を縛り、目隠しをした。「俺たちは船の乗員名簿のコピーを持っていたから、一人足りないこともわかっていた」とアリフィンは言う。

 その間に風が出て波が高くなったので、アリフィンはモーターボートをタンカーの手すりにつなぎ、船によじ登って機関室に入った。その1時間後、大あわてのルクマンから電話がかかってきた。行方不明だった17人目の乗組員が、船につないであったモーターボートで逃げたというのだ。海賊たちはタンカーから逃げ出す手段を失った。

 アリフィンはネプリン・デリマ号のエンジンを全開にして公海まで出ようとしたが、全速力でも時速19キロにしかならなかった。数時間足らずで、タンカーはマレーシアの海上警察に行く手を阻まれた。「なすすべはなかった。アラーの神は逃げた船員の方をお守りになったんだ」

 看守が時間切れだと合図する。バタム島に行くつもりだと私が急いで告げると、アリフィンは連れ出される前に早口で何か言った。

「ハーモニー・ホテルの裏手にある『喫茶店』に行くようにと言ってます」と通訳。「その店にいる船乗りに、ジョン・パレンバンがよろしくと言っていたと伝えてほしい、歯ブラシのことも忘れないでくれ、とのことです」

シンデレラのよこしまな姉

「女はいらないか?」――バタム島の中心地ナゴヤに向かうタクシーの中で、運転手がこう聞いてきた。「ドラッグは? ほしいもの、何でもある。問題ないよ」

 ここから11キロほど北はシンガポールだ。高層ビルが建ちならぶシンガポールが東南アジアの成長のシンボル、いわばシンデレラだとすれば、マラッカ海峡の南にあるシンガポール海峡をはさんで向かい合うバタム島は、よこしまな姉だ。週に1000隻以上の船がこの海峡を通過するが、そのほとんどが向かう先は、世界でも屈指の自由港を擁し、金融とテクノロジーの分野で成長するシンガポールだ。

 1980年代、インドネシアはシンガポールの成功にならえとばかり、バタム島の開発に乗りだした。バタム島をマラリアのはびこる漁業の島から、世界中の企業が集まる無関税地帯に変身させようとしたのだ。熱帯雨林を伐採してゴルフ場をつくり、マレーシアやシンガポールから観光客を呼ぶためにカジノを建てた。工場や郊外型ショッピングセンター、ビジネスパーク、集合住宅の建設に多額の投資が行われた。インドネシア人の労働者が仕事を求めて次々に流入し、島は船会社に船員をあっせんする仲介業者の拠点となった。

 だがバタム島には、シンガポールのような厳しい法規制が欠けていた。その結果、賄賂や汚職が横行し、島はまたたく間にギャングや密輸業者、売春婦、海賊たちの巣窟と化した。不法伐採された木材や横領されたディーゼル燃料、盗難車、麻薬、武器、密猟された動物などがバタム島を経由して運ばれていった。貧しい女性たちが働く売春宿は増えつづけ、週末になるとシンガポールから男たちがフェリーで押し寄せた。一方、船員の仲介業者の中には、アジアの犯罪組織に海賊を紹介する副業に手を染めるものもあった。

 さらに、1997年のアジア金融危機を境に、状況が悪化した。投資家はいっせいにバタム島から資金を引きあげ、島のあちこちで建設現場が放棄されて野ざらしになった。失業率の上昇に伴って、闇経済にかかわる人々も増えた。

 私はタクシーの運転手に、ハーモニー・ホテルの裏手にある「喫茶店」のことを聞いてみた。それはナゴヤで最もいかがわしいジョドー地区にあるという。「あそこは人殺しが多くて危ないよ。女なら、電話くれれば連れていくから」

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