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ベスビオ火山の
不気味な動静

OCTOBER 2007


 サン・パオロ・ベル・シトで出土したこの人骨が手がかりとなって、イタリアの火山学者と考古学者、人類学 者までが参加する科学研究プロジェクトが始まった。

 男女の遺骨の発見から10年ほどで、ベスビオ火山をめぐる記述は大きく書きかえられ、将来噴火する危険性についても論争が起きた。

 実はこの男女の遺骨は、ポンペイとヘルクラネウムを全滅させた紀元79年の有名な噴火ではなく、それよりはるか昔、青銅器時代に噴火したときの犠牲者のものだったのだ。

 その当時から、肥沃なカンパニア平原には人が定住し、あちこちに村ができていた。アヴェリーノ噴火と呼ばれるこのときの噴火は、いまから3780年前と推定され、79年の噴火よりずっと激しかった。科学者たちはいま、ベスビオ火山がふたたび噴火したときにナポリを襲うのは、アヴェリーノ級の悪夢ではないかと懸念している。

 ペトローネとマストロロレンツォは1995年から、ナポリ郊外のカンパニア平原で新しい遺跡が見つかるたびに、貴重な遺物が失われたり、埋もれたりするのを防いでいる。こうして集めた証拠をもとに、アヴェリーノ噴火を人類学、火山学の両面から再現しようとしているのだ。

 彼らの研究は、ベスビオ火山の噴火の威力と環境に及ぼす悪影響について、従来の通説をくつがえそうとしている。先史時代の男女の骨は、ナポリとその周辺に住む300万人に、アヴェリーノ噴火と同じ程度の噴火が、地質学の長い時間の尺度で考えると、いつ起こってもおかしくないと警告しているのだ。

青銅器時代の噴火の傷跡

 先史時代の人々がカンパニア平原に住みついた理由は、現代の私たちと同じだ。気候が温和で、いまで言うナポリ湾が近く、海産物も手に入りやすい。火山性の土壌は肥沃だ。

 ウェルギリウスからスタンダールまで、古今の作家たちを魅了した風景の美しさもあっただろう。ウェルギリウスの叙事詩の主人公、アエネイスが長旅から戻ってくるよりずっと前、ギリシャ人が現在のナポリの西郊にあるクーマイに入植してカンパニア平原を支配する1000年以上前から、人々は近くのアペニノ山脈からおりてきて土地を耕し、穀物を栽培し、ヒツジを飼っていたのである。

 クーマイの東寄りに定住したギリシャ人たちは、やがて海岸ぞいに「新しい都市」という意味のネアポリスを建設する。それがいまのナポリだ。陽光がさんさんと降りそそぐこの土地で、ローマ時代の人々はどんな暮らしをしていたのか。それは、復元されたポンペイやヘルクラネウムの遺跡を見ればよくわかる。

 だが古くから人が定住していたカンパニア平原では、新たな遺跡や遺物が次々に見つかっており、マストロロレンツォとペトローネは、同僚の研究者ルチア・パッパラルドとともに、ローマ以前の時代を正確によみがえらせ、人類がベスビオ火山の猛威にはじめて遭遇したときの状況を明らかにしようと努めている。

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