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引き裂かれる
パキスタン

SEPTEMBER 2007


 パキスタンの人々は「夜の手紙」と呼ばれる警告文におびえている。夜間に何者かが「娘たちは全身を覆い隠すブルカを着用し、学校には行くな。さもなければ殺す」といったビラを公共の建物に貼り出すのだ。「イスラムに反する罪」を犯したとして、教師や医師、人権活動家が脅迫、殺害される事件も増加している。そうした中でも、熱っぽく殉教を語る22歳の女性ウンメ・アイマンのエピソードが、この国の不穏な空気を最も雄弁に伝えてくれる。

 彼女は黒いブルカで顔を覆い、目も隠していたが、メガネをかけた若い女性だとわかった。短い文章の英語で、一方的に言葉を投げつけるように話す。彼女を含む200人ほどの宗教学校の女子学生たちは、政府が、過激派の宗教指導者のモスクを建設許可を得ていないとして取り壊したことに抗議し、イスラマバードの公立の児童図書館を占拠した。拳銃を装備した警察の機動隊が図書館を包囲し、退去を命じたが、アイマンらは応じなかった。

「私たちは学生です。テロリストではありません。イスラムを世界に広めたいのです。米国がイスラムをつぶす気なら、信仰を守るために死ぬ覚悟です。親しい人たちにお別れも言ってあります」。女子学生たちは、図書館の丸いテーブルを囲む子供用の小さな椅子に座っていた。児童書が並ぶ本棚の間に、「アッラーは、不信心者ではなくムスリムを守る」と書かれたプラカードが掲げてあった。立てこもりを始めてから数週間。図書館の向かいでは、女子学生の親たちが心配そうに事態を見守っている。アイマンは、「私たちの運命はアッラーがお決めになります。でも、政府が私たちの要求をのむなら、問題はありません」と話した。彼女たちの要求の内容を聞くと、「モスクを再建し、パキスタンをイスラム国家にすることです」と答えた。ブルカで顔を隠した数人の女性がうなずいた。

 パキスタンは1947年に、イスラム国家としてではなく、ムスリム安住の地として建国された。100年近く英国の植民地だったインドの独立時に、英領インドから分離する形で、現在のバングラデシュも含めたパキスタンが独立した。初代の指導者ムハンマド・アリー・ジンナーとその信任を得た知識人たちは、民主国家を築き、イスラム信仰はこの国の文化であって、政治の場に持ち込まれることはないとされた。ジンナーらが目指したのは、民主主義の理念を採り入れた近代的なムスリムの国だ。「一個人の立場ではムスリムでも、国家の一員としてはムスリムではなくなる」と、ジンナーは総督の就任演説で宣言している。

 それから60年経った今、コーランの暗唱に力を入れる宗教学校で教育を受けたアイマンらに、ジンナーの国家構想を話すと、ショックを受け、「そんなの嘘だわ」と、怒りに声を震わせた。「パキスタンが、アッラーの思し召しに従ってイスラム国家として建国されたことは、誰でも知っています。あなたはどこでそんな話を仕入れたの?」。パキスタンのイスラム原理主義者たちは、彼女のように自分たちの正しさを信じて疑わず、声高に主張する。そのため、少数派とは思えないほど政治的な影響力をもつ。

 この抗議行動では女子学生が前面に出ていたが、児童図書館の隣のモスクにいる宗教指導者たちが陰で糸を引いているのは明らかだった。図書館の数メートル先には、過激派のモスクとしてはパキスタン屈指のラル・マスジード(赤のモスク)があり、剣や自動小銃などを手にし、黒いターバンを巻いた数十人の若い民兵たちが、図書館の周りに配置されていた。

 指導者の中には、あご髭をはやした体格のよい元議員もいた。9・11テロ後にパキスタンで逮捕さたテロ容疑者数百人の弁護を担当して釈放を勝ち取り、「アルカイダの弁護士」との異名をもつジャビード・イブラヒム・パラチャだ。

 パラチャは、女子学生を殉教に駆り立てる背景をこう説明した。「政府は完全に国民の信頼を失っている。ムシャラフ大統領は、国民の目には米国の傀儡と映る。米国に尻尾を振って、同胞のムスリムを平気で敵に回すような男だ。ムシャラフ側近の軍高官たちは私腹を肥やしているのに、国民は貧しくなる一方だ。職もなく、活路も見いだせず、国民は希望を失いつつある。この現状を変えなければならない。もう待ったなしの状況だ」

 1週間後、政府がモスク再建に着手することに合意したため、こう着状態は表面上は終息した。児童図書館の書棚からは、非イスラム的とみなされた本はすべて排除され、女子学生たちが図書館を運営することになった。首都の大統領官邸から車でわずか10分ほどの所で、イスラム原理主義が勝利を収めたのである。

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