/2007年8月号

トップ > マガジン > 2007年8月号 > 特集:メキシカンカウボーイの巡礼


定期購読

翻訳講座

ナショジオクイズ

クズリというこの動物で正しいのは?

  • イタチ科
  • クマ科
  • スカンク科

答えを見る

ナショジオとつながる



特集

メキシカンカウボーイの巡礼

AUGUST 2007


メキシコの流血の歴史

 かつてメキシコ中部では、土が赤く染まっても不思議ではないほど多くの人々の血が流された。1924年、プルタルコ・エリアス・カジェスが大統領(独裁者といってもよいかもしれない)になった。アルコール依存症の親をもち、私生児だったカジェスは宗教に対して懐疑的で、禁欲的な人物だった。

 権力の座に就くなり、カジェスはカトリック教会を敵視し、1917年制定の憲法を盾にして、学校での宗教教育や野外ミサは違法であり、カトリックの聖職者には投票権もなければ公職者を批判する権利もないとした。

 司教たちはこれに抗議して教会を閉鎖し、メキシコの人々は400年の歴史で初めて、礼拝の場を失った。

 そして1927年元旦、敬虔な信者たちが「クリスト・レイ万歳!」と叫んで立ち上がる。ラ・クリスティアーダ(聖戦)と呼ばれるこの反乱は2年半後に終結したが、約90人の聖職者を含む7万人以上が殺され、農業生産高は激減して、45万人が主に米国などへ移住した。

 さらに、メキシコの人々の魂のよりどころともいうべきこのクビレテ山につくられた最初のキリスト像も、おそらくは政府工作員の手で爆破された。だが、偶然か、それとも奇跡のなせるわざか、像の心臓部と頭部だけは破壊を免れた。どっしりと重い二つの石の塊は今、再建された像のそばに建つ小さな博物館のガラスケースに収まっている。

 そして巡礼者たちはそのケースの前を一列に並んで歩きながら、小さな紙片を置いていく。そこには「息子が無事に国境を越えられますように」とか「母親代わりの姉の、がんが治りますように」といった願いが書かれている。

 ミサは「公現の祝日」の前夜に始まり、集まった男たちの忍耐力を試すように、いつ果てるともなく続く。キリスト像の下、小さな礼拝堂の入り口では、きりりとした男前の若い司祭が、階段下で馬体が触れ合うほどひしめく何千もの人馬に向かって延々と語りつづける。

 カウボーイたちは帽子を頭上にかざして日差しをさえぎり、目を閉じているが、少なくとも一人は鞍の上につっぷして眠りこけていた。立ちづめの馬たちは、体の重心を左右交互に移し、脚を休ませている。司祭の式服を背景に、香の煙が青くゆらゆらと漂った。

 まもなく、男たちは順番に馬からおりて、疲れきった体で階段をあがり、礼拝堂に入っていく。そしてエル・ニーニョ・ディオス(神の子)の前でひざまずき、うやうやしく口づけするのだ。キリスト像の顔は、大勢の巡礼者の口づけを受け、汗ばんだように光りだす。

信仰の美しさ

 夜になると、カウボーイたちはテントの中や干し草の上で、あるいはサドルバッグを枕に眠りにつく。しきりにいななき交わす馬のそばで、地面にじかに寝る者もいる。

 ゴンザレス家の一行は、夜間の冷えこみにそなえて大切な馬たちに毛布をかけ、アルファルファで覆ってやった。キャンバス地のテントの前では焚き火があかあかと燃え、焼き網の上で肉が焼かれている。マルコ・アントニオ・ゴンザレス・ゲレロが巡礼に参加するのはこれが3度め。10回めの参加となる父親のほか、兄弟二人、いとこ三人、甥、息子、それに友人たちが一緒だ。サンディエゴ・デ・ラ・ウニオンにある一族の牧場から三日間、日中はほとんど馬に乗りづめでやってきた。

 ゴンザレスは陽気なスペイン語なまりの英語で話してくれた。「巡礼に参加するんで、テキサスから帰ってきたんだ。この日のために米国から戻ってきた人はたくさんいるよ。俺は息子も連れてきた」。建築科の学生だという米国生まれの息子は、疲れきってぐったりしていた。

 「信仰とはどういうものか、息子にじかに見せてやりたくてね。信仰は人によりさまざまだが、俺たちは、すべての人のために祈るんだ。神のもとでは誰もが平等だ。俺たちは皆、はるばるとここまでやってきた。へとへとだし、体じゅうが痛い。でも一緒に耐えぬいた者同士、お互いの違いなんかどうでもよくなって、われわれに平和を、メキシコに平和を、世界に平和を、と祈るんだ。あんたがイスラム教徒であっても、ユダヤ教徒でも、カトリック教徒でもかまわない。俺たちは今日ここで、あんたのために祈る」。男たちのあいだで長い沈黙が流れ、炎が暖かくゆらめいた。

 やがてゴンザレスが言った。「俺は酒飲みじゃないが、カシの木が茂るあの山の上で、少しばかり飲んだテキーラは格別だった。神に近づけたような気がしたよ。俺たちをとりまく自然のなかに、神がいるような気がしたんだ」

Back3


ナショナル ジオグラフィック バックナンバー