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メキシカンカウボーイの巡礼

AUGUST 2007


山頂にそびえるキリスト像

 一行がめざすグアナフアト州クビレテ山の頂には、高さ20メートルのキリスト像「クリスト・レイ(キリスト王)」がそびえている。山頂は、ふもとの高原から、つづら折の砂利道を何百メートルも登ったところにある。

 毎年、1月6日の公現の祝日になると、約2000年前のこの日、東方の三博士がイエス・キリストの生まれたベツレヘムの馬小屋を訪れたという新約聖書の故事にならい、3000人とも4000人ともいわれるカウボーイが馬に乗って、このキリスト像の足元をめざすのだ。

 メキシコでは、このキリスト像やグアダルーペの聖母マリア、そして各地にある聖人の像を訪ねる巡礼はよく行われる。だが、「カバルガータ」と呼ばれる騎馬巡礼の、これほど大規模なものは珍しい。この巡礼のことは口づてで広まって、参加者は毎年、何百人と増えつづけている。

 「べつに特別な人間が参加するわけじゃない。ただ、キリストを信じる人たちが各地から集まるんだ」と、あるカウボーイは話す。たしかに、参加者には米国シカゴの建設作業員やテキサスの油田で働く者もいれば、グアナフアト市の庭師やその近郊のサンミゲル・デ・アヤンデ市の肉体労働者、はるか西の太平洋寄りの町ハリスコからやってきた農民もいる。「俺たちはごくふつうの人間(エル・プエブロ)なんだよ」

 馬に乗った一行は冬晴れの空の下を進んでいく。血の色を思わせる赤土の大地には、蒸留酒テキーラの原料となるリュウゼツランが植えられている。畑には刈りとったトウモロコシの茎が三角形に積みあげられ、マメ科の牧草アルファルファが青々と茂る。つむじ風が発泡スチロールの皿やビールの空き箱を巻きあげ、1頭の馬が風に舞うこのゴミにおびえた。

 やがて馬に乗った巡礼たちは、とある村に入った。明るい色のペンキを塗った家々はどれも平屋だが、壁の上からは申し合わせたように空に向かって鉄骨が突きだしている。やがて豊かな未来が訪れ、2階や3階を建て増しできる日を待ち望んでいるかのようだ。

 84歳になるニコラス・ガルシア・ディオスダードは、目に涙を浮かべて、山を登る大勢のカウボーイを眺めた。馬たちはあえぎ、腹を大きく波打たせて汗びっしょりになり、口から泡を吹いている。「クリスト・レイ万歳!」と叫んでは疲れた馬に鞭をあて、もうひとふんばりさせようとする酒に酔った男たちもいる。

 だが大半のカウボーイたちは、炎天下の遠乗りに疲れきり、馬上で物思いにふけっている。白黒まだらのロバに乗っていた老人は、最後の何キロかの急坂にさしかかると、疲れたロバからおりてその手綱を引いていた。

 ガルシア老人は言った。「52年前、俺には希望も、健康も、未来もなかった。いつ死んでもおかしくなかったよ。医者からも原因がわからないと見離された。それでも馬でクリスト・レイに巡礼し、1年でいいから元気にしてほしいと祈ることにした。つらい旅だったが、なんとかたどりつけたよ。あのころはまだ道らしい道もなくて、巡礼はほんとうに大変だった。ところが、ほら、見てのとおりさ。奇跡が起きて、俺は救われたんだ。老いぼれには違いないが、まだ生きている。自分の足で立って、歩いて、聖なる御子を讃えている」

 「まわりを見てくれ。俺が初めてクリスト・レイの祝福を求めて巡礼の旅に出たとき、同じ村から一緒に来たのはたったの25人だった。それが今じゃ、あちこちから何千人もやってくる。これこそまさに奇跡だよ」。老人は声を震わせて、そう言った。

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