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特集

新説 マヤ文明
その繁栄と崩壊

AUGUST 2007


 シヤフ・カックの登場から数十年経った彼の死後でも、ティカルの支配者たちはシヤフ・カックやテオティワカンを引き合いに出した。426年には、ティカルは270キロ南の現在のホンジュラスにあった都市、コパンを制圧。「輝くカザリキヌバネドリ」という意味のキニッチ・ヤシュ・クック・モを王に擁立し、新しい王朝をうち立てた。死後に描かれた王の肖像はメキシコ中部特有の装束を身につけており、テオティワカンの影響がうかがわれる。またシヤフ・カックと同じく、このコパンの王も「西方の君主」の称号を授けられた。

 マヤ研究者の中には、ティカルはテオティワカンの属国となり、シヤフ・カックが軍事総督となってマヤ低地全体に版図を広げたと考える人もいる。一方、シヤフ・カックは征服者ではなく、彼の登場がティカルの勢力拡大に拍車をかけたにすぎないという見方もある。彼がその後どうなったかはわかっていない。彼の死に関する記録は見つかっておらず、マヤのどこかの王国に君臨したという証拠もない。しかし、その名は後世にまで響きわたった。

 シヤフ・カックが現れたことで、マヤ社会は大きく変容した。古典期のマヤですでに花開いていた宗教文化と美術は、他地域の特色や題材をとり入れることでさらに洗練され、豊かなものになった。

 その後まもなく新たな政変が起こり、マヤ文化が一層成熟するきっかけとなった。6世紀になると、ペテン地方北部の都市カラクムルで「ヘビ」という意味のカーン王朝が勢力を拡大してティカルに対抗するようになり、マヤ世界は二大勢力に引き裂かれた。20世紀の冷戦のように、大国間の競争は政治的な緊張状態と武力衝突を招いたが、一方で文化や技術の水準を引き上げもした。そして、マヤの冷戦は破滅的な終末を迎えることとなる。

滅亡への道

 西暦800年のある日、平穏だったマヤの都市カンクエン(現在のグアテマラ中部)も、ついに混乱に巻きこまれた。カン・マーシュ王は事前に異変を察知したようで、王宮の前に土塁を築こうとした跡が残っている。だが、時はすでに遅かった。

 侵攻軍はあっという間に町の周辺部を制圧し、中心部の祭儀場になだれ込んだ。道のあちこちに建設中に破壊された建物の残骸や未完成の石碑が転がり、攻撃の迅速さを物語っている。侵攻軍が捕虜にした31人は身分の高い人々だったようで、遺体とともに宝石や装飾品が見つかった。カン・マーシュ王の親族や、滅亡した他の都市から逃げてきた王族だったのかもしれない。捕虜たちは王宮の中庭で次々に処刑され、遺体は王宮の貯水池に置かれた。カン・マーシュ王と王妃も殺され、90メートルほど離れた王宮の改築用の盛り土の下60センチのところに埋葬された。王はカンクエンの王の証しである、儀式用の頭飾りと真珠貝の首飾りをつけていた。

  王を殺したのは誰なのか、何が目的だったのかはわかっていない。数個の大きな原石を含む3600片もの翡翠が手つかずで残されていたことからみて、戦利品目当てではなかったようだ。ここ数年、カンクエンで発掘調査を進めてきた考古学者の一人アーサー・デマレストは、遺体を貯水池に置いたのは「井戸水を使えなくするため」だったと考えている。侵攻軍は石碑の王族の顔をすべて削りとり、押し倒した。「カンクエンを儀式の場として使えなくしたのです」

 現在のグアテマラのパシオン川渓谷は古代マヤ地域の一大中心地で、カンクエンは最後まで残った主要都市の一つだ。マヤ地域に500年間栄えた文明は衰退の一途をたどり、やがて滅びていった。

 神聖な存在だった王は、自分の業績を壁画や彫刻、建造物で逐一たたえさせていたが、新たな作品の制作を命じることはなくなった。公共の場に紋章文字を刻むこともまれになり、長期暦の日付も石碑に刻まれなくなった。人口が急減し、貴族たちは宮殿を捨て、代わりに不法侵入者たちが無断で住みついた。やがて彼らも去り、廃墟になった都市は密林に埋もれていった。

 グアテマラ低地のペテン地方とメキシコ南部の都市が崩壊するまでには、カンクエンよりも長い時間がかかった。カンクエンが滅びた後も、ペテン地方北部の強大な都市国家ティカルの支配者たちは祭儀用の建造物をつくり続けたが、30年後にはティカルの人口も急速に減りはじめた。日付が記された最後の石碑は869年のものだ。1000年までに、古典期のマヤ文明は完全に滅びた。

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