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特集

新説 マヤ文明
その繁栄と崩壊

AUGUST 2007


 遺跡の発掘調査や碑文の解読で得られた新たな手がかりから、シヤフ・カックがこの大変革の立役者だったとわかってきた。最近10年で発見された証拠からは、シヤフ・カックがマヤ世界の政治体制を作りかえたことが読みとれる。彼は外交手腕と武力を駆使してマヤ各地の都市国家と同盟を結び、新たな王朝をたて、マヤ地域全体にテオティワカンの影響を広めたのだろう。

 シヤフ・カックは、マヤを長きにわたってテオティワカンの支配下に置く先導役を務めたのか。それとも、マヤに起きていた変化に拍車をかけただけなのか。あるいは、もともとマヤには発展の素地があり、たまたま変革の機が熟していただけなのか。彼が果たした役割については研究者の間で意見が分かれているが、シヤフ・カックの登場がマヤの歴史の転換点となったことは疑う余地がない。

 シヤフ・カックがやってくる前から、そのやせた土地からは想像もつかないほど、マヤは進んだ文明をもっていた。メキシコ南部とグアテマラのペテン地方からなるマヤ低地では、現在でも住民がどうにか自給できるくらいの作物しか取れない。「高度な文明が栄えるような土地ではありません」と、米国テネシー州にあるヴァンダービルト大学のマヤ研究者、アーサー・デマレストは語る。

 マヤの都市ワカは現在のグアテマラ北部のエル・ペルーにあった。マヤ人が初めてこの地域にやってきたと考えられる紀元前1000年ごろも今とそれほど変わらず、うっそうとした熱帯雨林にコンゴウインコやコンドルが巣をつくり、ジャガーやヘビがうろつく、うだるように暑い土地だっただろう。それまで暮らしていた地域が過密になり、人々はやむなくこの地に移ると、川や湖沼のほとりに住みつき、やせた土壌で精いっぱいの収穫をあげるようになった。今のマヤ人と同様に木を切ったり焼いたりして森を開き、輪作や休耕で地力を回復させながら、トウモロコシやカボチャなどの作物を栽培したのだ。

 人口が増えるにつれ、堆肥や段々畑、灌漑など、より効率的な農法が採り入れられた。沼を埋めたてて畑にしたり、土地を囲ってつくった菜園に川岸の低地の肥沃な泥をまいたりした。人工池では魚を養殖し、森からシカなどの動物を追いたてて柵に入れて飼った。古代マヤの人々はやせた土地をうまく利用し、現在のこの地域の人口より何倍も多い数百万人が十分に暮らせるだけの食料を確保した。

 何世紀もの間に、マヤの人々は熱帯雨林で豊かに暮らすすべを身につけ、集落は都市国家へと成長し、文化はさらに高度に洗練されていった。マヤ人は車輪や金属器は使わなかったが、象形文字の体系を完成させ、ゼロの概念を理解して日常の計算に利用した。

 マヤの王は天と地の間を取りもつ存在とみなされ、神に権力を授けられた「神聖な君主」という意味のクフル・アハウと呼ばれた。王は人々に信仰と世界観を伝えるシャーマンと、平時においても戦時においても人々を統率する支配者の役割を兼ねていた。

 他の文明の国々と同様に、マヤも宗教儀式の体裁をとりつつ、他の都市と同盟を結んだり、戦争をしたり、交易を行ったりした。マヤ地域は現在のメキシコ南部からグアテマラのペテン地方、ホンジュラスのカリブ海沿岸地方まで広がった。踏みしだかれた道や漆喰で舗装した堤道サクベが森を縦横に横切り、カヌーが川を行き交っていた。しかし、シヤフ・カックがやってくるまで、マヤは政治的にはばらばらの都市国家群だった。

 ワカは378年時点でマヤの主要都市の一つで、四つの大広場や何百もの建物、高さ85メートルにもおよぶ神殿、漆喰を塗って彩色した儀礼殿があり、宮殿の庭には彫刻を施した石灰岩の祭壇や石碑が置かれた。サン・ペドロ川岸の要衝に位置するワカは交易の中心地でもあり、各地から珍しい品々が運ばれてきた。南の山岳地帯からは彫刻に使われた翡翠や宝石、衣服の飾りになるケツァール(カザリキヌバネドリ)の長い尾羽が運ばれ、西のメキシコ高地、テオティワカンからは武器用の黒曜石や鏡用の黄鉄鉱が運ばれた。

 当時のテオティワカンは、人口10万を擁する世界最大の都市だったと考えられている。現時点では解読できる文字による記録は見つかっていないが、シヤフ・カックをマヤに派遣した目的は容易に推測できる。ワカはサン・ペドロ川の支流を見下ろす断崖上にあり、自然の要塞に守られた港は大型のカヌーを停泊させるのにうってつけだった。軍事作戦の「拠点としては理想的でした」と、ワカ発掘プロジェクトの共同責任者で考古学者のデビッド・フリーデルは言う。シヤフ・カックが目をつけたのも、まさにそうした地の利だろう。

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