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移民を拒む米国版
「万里の長城」

JULY 2007


 革命中、メキシコ側のナコでは、税関からあがる収益をめぐって何度となく支配権争いが繰り広げられた。その後、1915年にアリゾナ州で禁酒法が採択されると、酒場がメキシコ側のナコの稼ぎ頭となった。

 メキシコと米国の国境は、これまでずっと両国によって厳しく守られてきた。それでも、最初のころ、メキシコ人は自由に北へ移動していた。そもそも米国が1904年に移民の入国を厳しく管理し始めたのは、アジア系の密入国者の取り締りがきっかけだった。その後メキシコからは、革命の流血を逃れて、約90万人のメキシコ人が合法的に米国に入国した。両国とも人口密度は高くはないし、米国南西部では労働力不足だったため、この移民流入は、長らく問題にされなかった。

 不法移民が爆発的に増えたのは、1992年に北米自由貿易協定が締結されてからだ。不法移民の解消を目的としたこの協定は、結局、数百万人のメキシコ人農場労働者や多くの零細企業労働者の職を奪ってしまった。

 その結果、メキシコ側のナコは国境の北をめざす人々であふれかえった。夜になると、数十人、ときには数百人もの移民が、幹線道路沿いのモーテルや貸倉庫の小屋にひしめいた。地元の砂漠は、移動する人の足で踏みならされた。移民による犯罪も起こった。そして、1996年に壁ができると、人の流れは町を取り囲む砂漠を浸食するように広がった。

 去年、ナコ近くの全長53キロにおよぶ国境で捕まった密入国者の数が半減した。それは新しい警備強化策が施行された結果だ。高度な監視システムと新たにつくった壁の効用は大きいと国境警備隊は考えている。以前、メスキートやユッカの生い茂る涸れ谷に潜んでいて捕まる人の数は、たった一週間でナコの町の人口を上回っていたものだ。いまのところ、密入国の手引きをする「コヨーテ」と呼ばれる一団は、身を潜めてこの新しい局面の様子見を決めこんでいるし、国境警備隊の支援に州兵が派遣されたこともあり、付近一帯は割と静かだ。近くにある陸軍基地の廃墟は、屋根が落ち、崩れたレンガの粉が床に積もっていた。そこにメキシコのミネラルウォーターのボトルが散乱している。不法移民が今でも壁を乗り越えてきている確かな証拠だ。

 こんな国境の壁の存在は、大半の米国人の誇りを傷つけている。米国人は今も、自国を自由の女神に象徴される移民の国と思っているからだ。

国境の壁が象徴するもの

 壁には人間の欲求が興味深いかたちで現れる。ときには、反抗的な人々の逃亡を阻止するためにつくられる。ベルリンの壁は、社会主義体制下の東ドイツから脱出しようとする市民を閉じこめておくためのものだった。だが、ほとんどの場合、壁は近づいてくる人間を拒むために築かれる。壁は最初のうちは機能しても、やがて、殺到する人間の力に負けて崩れる。14世紀半ば以降につくられた中国の万里の長城は、初めは北方民族の侵入を防いでいたが、17世紀には満州族に突破された。英国北部にそびえる高さ約5メートル、厚さ約3メートル、全長約120キロのハドリアヌスの長城は、スコットランドの勇猛な部族がローマ帝国のブリタニアへ侵入して荒らし回るのを防ぐために西暦122年につくられたが、367年には突破された。

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