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特集

移民を拒む米国版
「万里の長城」

JULY 2007

文=チャールズ・ボウデン 写真=ダイアン・クック、レン・ジェンシェル

3000キロ以上ある米国とメキシコの国境に、新たに1134キロの柵を設ける計画が進む。まさに現代版の「万里の長城」が生まれつつある。

 米国アリゾナ州の、メキシコとの国境近くに、ビズビーという町がある。1929年の春、パトリック・マーフィーという男がこの町の酒場で一杯やった後、農薬散布用の小型飛行機で飛び立ち、わずか16キロ西の、アリゾナ州とメキシコのソノラ州にまたがる国境の町ナコに爆弾を落とした。いくつものスーツケースにダイナマイトと殺傷用のくず鉄、釘、ボルトを詰め、次々に飛行機から落としたのだ。

 この爆撃は、マーフィーが、ソノラ州側のナコの奪取をもくろむメキシコの反政府軍と取引して仕組んだものだった。だが、マーフィーが破壊したのは同じナコでもメキシコ側ではないことが、爆撃後わかった。被害を受けたのは、主に米国側の市街地にある車庫や鉱山会社だったのだ。彼は酒に酔っていたという説もあれば、素面だったという説もあるが、いずれにせよ、こうしてマーフィーは史上初めて米国の領土を空爆した人間になった。

 国境は、どこであっても紛争が生じやすい。紛争が起こると柵が設けられ、柵はやがて壁になることもある。そして、目には見えなかった国境が本物の壁になると、誰もが嫌でもそれを意識する。人間は壁を好む一方で、目障りにも感じるようだ。壁は、向こう側にいる隣人について、そして自分たち自身について、なにか不愉快なメッセージを伝えてくるからだ。壁をつくろうとする人間の心の底には、恐れと支配欲が潜んでいる。

 メキシコとの国境警備の強化をめぐる議論が高まる米国では、いま、壁が新たに脚光を浴びている。3141キロにおよぶメキシコとの国境線上には、不法移民の流入を食いとめようと、1990年代から、要所要所に柵や壁、車両止めが設置されてきた。サンディエゴでは、14.5キロにわたって二重の柵が設けられた。移民問題をめぐる世論の動向しだいでは、じきに全長が数百キロにも達する壁が増設される可能性もある。

 パトリック・マーフィーの爆撃が今も語り草になっている米国側のナコでは、800人あまりの住人が、ここ10年ほど、高さ4メートルの鋼鉄の壁のかたわらで暮らしてきた。州兵が動員されて、現在ある約7キロの壁が、砂漠へ向かってさらに40キロ拡張されようとしている。この小さな町で最大の建物が国境警備隊本部だ。銅板でふいたその屋根は、灼熱の太陽を浴びてきらきら光っている。そして二つの町を切り裂く鋼鉄の壁の向こう側、メキシコ側のナコには現在8000人が暮らしている。

 アリゾナ側のバー「ゲイ・ナインティーズ(陽気な1890年代)」は、ナコの壁から駐車場一つ隔てただけの場所にある。ほとんどの客はスペイン語と英語を使い分け、国境線の両側に親戚がいる。バーテンのジャネット・ワーナーは、長年この町に住み、成功をおさめた幸運な住人の一人だ。しかし彼女は、壁沿いに設置された巨大な照明塔のために、夜になっても星空を眺められなくなったと嘆く。ときおり、国境の壁を乗り越えてきて店でビールを飲み、また壁を越えて帰っていくメキシコ人もいるという。

 このバーのほかに営業している店はわずかしかない。国境に続く商店街には、空き店舗ばかりが目立つ。2001年9月11日の同時多発テロ以降、米国政府がメキシコとの出入国検問所を保安上の理由でいったん閉鎖し、もっと東寄りに移設したために閉店に追いこまれたのだ。何十年もこのバーを経営してきた54歳のハンサムな男性、レオネル・ウルカデスは、国境の壁について複雑な思いを抱いている。「もう慣れたよ。壁ができた当初は名案だと思った。メキシコから車で密入国する連中がいて、国境警備隊がしょっちゅう追っかけていたからね。でも、やっぱりこの壁は醜いね」

 二つのナコの町は、1897年、米国とメキシコ両国にある銅山に囲まれた国境の町として生まれ、発展してきた。1906年には、大規模な鉱山ストライキが起きた。メキシコ人たちはこのストライキこそ、1910年のメキシコ革命の前触れだったといって懐かしがるが、このときは両国の軍隊が国境をはさんでにらみ合った。

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