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群れのセオリー

JULY 2007


 たとえばアリのコロニーの場合、リーダーがいないことがカギになる。50万匹の大集団であっても、少なくとも人間が確認できるかたちでは集団を統率するアリはいない。そのかわりアリたちは、単純な規則に基づいた個体間のコミュニケーションを頼りにする。これを科学の世界では、「自己組織システム」と呼ぶ。

 たとえば仕事の割り当てを例に考えよう。デボラ・ゴードンは米国アリゾナ州の砂漠で、アカシュウカクアリの行動を研究している。彼らのコロニーは、毎朝の状況に応じて餌をとりに行く働きアリの数を決定する。ごちそうがたっぷりの場所が見つかっていたなら、それらを持ちかえるためにたくさんの労働力を投入するし、前日の夜に嵐が吹いて巣が損壊したとなれば、巣に残って修理に当たるアリを確保する。今日は巣のなかで作業をしていた働きアリが、明日はゴミ収集を担当することもある。しかし、リーダーがいないのに、どうやって仕事を分担するのか? ゴードンは一つの考えに至った。

 アリは互いに触れ合ったり匂いをかいだりして情報をやりとりする。ほかのアリとぶつかったら、触角で匂いを感知して、相手が同じ巣に属しているのか、今までどこで働いてきたかを知る。巣の外で仕事をしていたアリは、内勤のアリと匂いが違うからだ。餌をとりにいくアリは通常、早朝の偵察に出ていたアリが帰還するのを待ってから出発する。その際に、巣に戻ってきた偵察アリと触角を合わせるのだ。

「餌とりアリは、偵察アリとの接触で刺激を受けて外に出ます」とゴードンは説明する。「ただし、10秒以内の間隔で、数匹のアリと接触することが必要です」。この仕組みをくわしく調べるために、ゴードンと共同研究者のマイケル・グリーンは、巣を出た偵察アリを捕まえ、30分ほどしてからアリの代わりに、匂いをつけた小さなガラス玉を巣の入口にばらまいてみた。偵察アリの匂いがついたガラス玉、内勤アリの匂いがついたもの、そして匂いのないものの3種類を、一定の時間をおいて試したところ、偵察アリの匂いがついたガラス玉を置いたときだけ、餌とりアリが巣から出てきた。

 餌とりアリは、偵察アリと遭遇する比率によって、外に出ても安全かどうか判断しているのではないか。ゴードンとグリーンはそう結論づけた(比率が適切なら、すぐ外に出る。そうでなければ、待機する。外は風が強かったり、飢えたトカゲが待ちかまえているかもしれない)。そうやって出かけた餌とりアリが食べ物を持って戻ってくると、巣には別のアリが待っている。そのアリもまた、遭遇率に応じて餌をとりに出かけるかどうかを決めるのだ。

 ゴードンは説明する。「餌とりアリは、食べ物を見つけるまで帰ってきません。だから、食べ物が少なければ外出時間は長びくし、反対に豊富なら、すぐ巣に戻ってきます。今日は餌とりに良い日かどうか、特定のアリが判断するのではありません。集団の情報が判断を導いてくれるのです」。単純な個体が単純なルールにしたがって、その場の情報に基づいて行動する。それが群知能のからくりだ。

 群知能の魅力にとりつかれたベルギーのコンピューター科学者マルコ・ドリゴは、1991年、アリの行動を参考にして、人間社会の複雑な課題、たとえばトラックの走行ルート決定や航空管制、軍事ロボットの操作といったことを解決するアルゴリズムを開発した。

アリにならってコストを削減

 米テキサス州ヒューストンにあるアメリカン・エア・リキード社も、ビジネスの難題を解決するために、アリの群知能に基づいた戦略を採用している。同社は窒素や酸素、水素といった工業用・医療用ガスを製造していて、全米100カ所もの生産拠点からパイプラインや鉄道、それに400台のトラックを使って、6000カ所の顧客に納入している。ここで大きな問題になってくるのは、いかに効率よく納入するかだ。

 一部の地域で電力規制が緩和され、電気料金がひんぱんに変わるようになったことも、問題を難しくしている。それぞれの工場での製造コストが時間ごとに変動するからだ。「ヒューストンでの工場向け電気料金は、現時点で1メガワット当たり44ドル。でも昨晩は64ドルでした。寒冷前線が近づいた月曜は、210ドルにまで上昇しました」と、エア・リキード社で供給システムを管理するチャールズ・ハーパーは語る。こうした変動を織りこんだ解決策が必要だ。

 そこで同社は、人工知能の開発会社と共同で、アルゼンチンアリの餌とり行動にならったアルゴリズムを開発した。「アルゼンチンアリは、見つけた餌を巣に持ちかえるとき、道にフェロモンという化学物質を残します。あとから行く仲間は、それを頼りに食べ物のありかを見つけるのです」とハーパーは解説する。「アリが往来を繰り返す道では、フェロモンが強くなります。そこで私たちは、ソフトウエア上で何十億匹もの“アリ”を放ち、フェロモンがいちばん強力になるルートを探しだすのです」

 アリは巣の周辺で、最適な道順を効率よく見つけていく。ならば、その方法を見習おうではないか。エア・リキード社は、プラントの生産計画と天候、トラック輸送ルートのあらゆる組み合わせを検討している。1日でも、数百万通りの組み合わせになる。そこに毎晩、顧客の需要予測と製造コストの情報を入力することで、最適な生産計画と輸送ルートを選びだす。

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