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特集

中国の即席都市
“勝ち組”の肖像

JUNE 2007


転職を繰り返す熟練工の生き方

 主任技師がスイッチを入れると、機械はうなりを上げた。ガスバーナーが青い炎を勢いよく噴きだし、ステンレスのベルトが前に傾く。デジタル表示盤が温度の上昇を示す。200℃、300℃、400℃……しかし474℃に達したところで、温度は下がり始めた。製品の生産は500℃にならないと始められない。

 「ここは広東より寒いからな」と、主任技師が言った。彼の名前は羅受云(ルオショウユン)だが、みんなはメカニック・ルオと呼ぶ。ルオは耐火手袋をはめると、機械の扉の一つを開けようとしたが、持ち手が溶けて外れてしまった。ルオがあわてて持ち手を落とした。真っ赤に焼けた金属の持ち手は、床の上でシューと音を立てた。
 「大丈夫、心配するな」と、王が言った。

 だが高はいつにも増して不安そうだった。これほど大がかりな組立ラインを設置するのは初めてなのだ。いまから10年以上前、彼は温州郊外に最初の工場を開き、両親、二人の姉妹と力を合わせて、安物のズボンのウエスト部分の裏地を作った。当初は利益率が50%にもなり、工場は順調に拡大を続けた。ところが、ズボンの裏地を生産する会社が近隣に20社以上もできると、利幅はどんどん小さくなり、とうとう高は工場を閉鎖した。「あのころは、ほかの誰も作っていないものを見つけるのがコツだった。でもいまは、あらゆる製品が中国のどこかで作られている」

 それが温州モデルの弱点だ。小資本のローテク製品は、それだけ競合業者の参入を招きやすい。叔父の王も同じパターンに陥った。以前はブラジャーの形を整えるスチールワイヤーを作っていたが、これもすぐに利益率が低下した。だから甥の高と組むときも、とりあえずワイヤーの生産は続けるにせよ、もっと利幅の見こめる主力製品を見つけなくてはならなかった。

 ブラジャーは、分解してみると、12の基本部分から構成されていた。高と王はそれを一つずつ検討していった。糸、レース、留め金……そしてストラップの長さを調節するリングに行きあたったとき、「これだ」と確信したのだ。

 ストラップリングは、スチールに高光沢ナイロンをコーティングしてあり、専門的な製造工程が必要となる。その鍵を握るのが、コンピューター制御の組立ラインだ。ラインは大きく3工程に分かれており、各段階で500℃の高温処理を必要とする。もとはヨーロッパで製造されていたが、1990年代初めに台湾メーカーが市場を席巻した。そして90年代半ば、中国本土の大銘という会社が、この組立ラインを導入した。

 製造コストが低い中国では、この組立ラインは利益を生みだす「打ち出の小槌」になり、経営者は大もうけした。そして劉宏偉(リウホンウェイ)という熟練機械工が、あることを思いつく。彼は組立ラインを毎日使っているうちに、部品一つに至るまで構造を記憶してしまい、それをひそかに設計図に描きおこした。図面が完成すると、彼は汕頭(シャントウ)にある汕港科技(シャンガンケージ)という会社に接触した。

 1998年、汕港科技は劉宏偉を雇い入れ、組立ラインを注文生産する広州の軽穗(チンスイ)機械制造有限公司に設計図を持ちこむ。できあがったラインは、最初は動かなかった――記憶ちがいは誰にでもある。それでも2カ月かけて手直しをして、問題を解決した。汕港科技はブラジャーのストラップリングの生産を開始する。しかし劉は、進徳という会社に転職した。劉は勤め先を変わるたびに、自分の設計図と専門知識を高く売りこみ、軽く200万円は稼いだとも言われている。

 劉宏偉の運が尽きたのは、次の転職のときだった。元同僚によると、進徳は約150万円の懸賞金をかけて彼の行方を捜したという。劉は逃げたのだ。軽穗でライン製造を手伝ったかつての同僚は言う。「進徳が劉を探していたのは知っている。会社はものすごく怒っていた。やつは姿を消した」

 だがそのころには、業界にも変化が訪れていた。劉が組立ラインを記憶だけで再構成してから5年後には、ブラジャーのストラップリングの市場価格は60%も下落した。いまでは中国国内で20社がストラップリングを生産し、組立ラインの機械も800万円出せば誰でも手に入る。これまで大手製造メーカーは南部に集中していたので、高と王は浙江省でリング製造に乗りだすことにしたのだ。

 機械を試運転した初日、温度はどうやっても上がらなかった。高たちは機械のはしご段にかわるがわる上っては、ガスボンベにバケツの熱湯をかけた。

 あれこれ試みること4時間、ついに彼らはあきらめた。メカニック・ルオはそれから2週間近くかけて機械を分解し、主要部品を交換し、バーナーと組立ラインの距離を近づけた。「設計図がまだ完璧じゃないんだ」とメカニック・ルオは説明する。ルオは以前、劉宏偉と同じ職場で働いたことがあり、私がほかの人から聞いた情報を裏づけてくれた。劉は四川省出身の、背が高い、よこしまな性格の人物だった。劉宏偉という名も本名ではないというもっぱらの噂で、彼の妻子を見た者はおらず、むろん彼の行方は誰も知らなかった。

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