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特集

極北の生命
氷という名の「恵み」

JUNE 2007


 冬が終わり、北極地方に太陽の光が戻ってくると、氷の下で植物プランクトンが育ち、それを食べる甲殻類が集まってくる。私が目にしていたのは、氷と微小な生物がつむぎ出した、北極圏の生態系を支える基盤だった。ホッキョクグマやクジラ、鳥など、極北の命すべてが、この礎の上に息づいている。

 私は生まれてからずっとカナダの北極圏で暮らし、写真家になってからは、北極の氷が外洋と出合う境界で写真を撮りつづけてきた。仕事を始めたころは、海氷がなくなることなど想像もしなかった。真夏でさえ、ほとんど解けることがなかったからだ。

 海氷は、単なる自然の景観というだけではない。極北の世界の壮大な生態系の一部を担っている。ホッキョクグマは年中、氷の上をうろうろして獲物を探し、とくに春は活発に動き回る。アザラシは氷上で憩い、繁殖する。ホッキョククジラは何頭も連なって現れ、エビやカイアシを平らげる。そこへベルーガ(シロイルカ)やイッカクもやってきて、タラを追いまわす。氷のない北極圏など、私には想像もできない。

 しかし、極地の撮影を始めてわずか10年で、状況は一変した。北極や南極では、驚くべきスピードで氷が解けている。地球温暖化は容赦なく進行していて、夏の間に限っていえば、北極から氷が消える日はすぐそこに迫っている。

 氷が消えてしまうと、北極海には様々な変化が起きる。ランカスター海峡は、世界でも有数の生物の宝庫であると同時に、太平洋から大西洋へ抜けるため、かつて数々の探検家が挑んだ“北西航路”の一部でもある。ここから氷がなくなれば、これまで海峡を通過することはほとんどなかった貨物船やタンカーなど大型船舶の往来が劇的に増えるだろう。

 また、夏に北極の氷が消えてしまえば、ホッキョクグマなどの生物は100年以内に絶滅すると予測する専門家もいる。私の知るかぎり、不吉きわまりない予言の一つである。

 ここに掲載したのは、私がこの10年に撮りためた写真だ。そこには氷への思い、海氷がはぐくむ青と白の世界への思いがこめられていると同時に、一つのメッセージを携えてもいる。それは私が、氷のそばを泳ぐ甲殻類の群れを眺め、めまいを起こしたかと疑ったあの5月の日に悟ったことだ。地球の気温が上がり続ければ、海氷はおそらく消えてなくなるだろう。だが、氷のない北極など、土のない庭のように生命の気配が感じられないに違いない。

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