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特集

米国最後の大草原
フリントヒルズ

MAY 2007



 プレーリーは、風に波うつ見わたす限りの草原を海にたとえて、「草の海」と呼ばれることがある。フリントヒルズでは、刻々と移り変わる生長のサイクルも、潮の満ち引きのように見える。

 “満ち潮”は1年の前半にやってくる。早春の訪れとともに、プレーリーは生命に満たされる。野焼きを行うのは、そんな時期だ。植物はそれに反発するかのように勢いよく育つ。前年の枯れ草が焼き払われて、日当たりがよくなり、土が温められるからだ。

 草を食べる動物(かつてはバイソン、今は牧牛)にとって、焼け焦げた地表に現れる新芽は、またとないごちそうだ。ビッグブルーステムは夏までずっと生長し続ける。その後、だんだんと硬くなり、秋になると枯れた茶色の葉が風に吹かれてカサカサと音を立てる。

 米国で農業といえば、たいていは更地に一つの作物を植えて、とても複雑な自然の生態系を単純なものに変えてしまう営みを指す。そして、たき火や野焼きはご法度になる。

 しかし、フリントヒルズでは、牧場主が自然の生態系に頼っていて、今でも野焼きを行う。19世紀半ばの牛飼いたちは、春の野焼きをうまく行えばフリントヒルズの草原が豊かになることを知っていた。この地を追われた先住民から学んだ知恵だ。そして、毎年4月初めになると草原は煙に包まれるようになったのだ。

 もちろん、それが自然を守るのに完璧なやり方というわけではない。人が定期的に野焼きを行わなければ、フリントヒルズでは不定期にあちこちの場所で火事が起きる。そのほうが動植物の生息環境は多様になるだろう。ソウゲンライチョウなど、よく茂った草原を好む生き物のなかには、毎年の野焼きのせいで個体数を減らしている例もあるようだ。

 とはいえ、米国内でもフリントヒルズは、農業がその土地本来の生態系とうまく共存している数少ない場所の一つだ。まず野を焼き、続く数カ月間は芽吹いた若草を牛がたっぷりと食べ、後は自然に任せる。一連のプロセスが、生態系の複雑さを保つのに役立っている。

 フリントヒルズで平原を眺めていると、つい目が遠くへと向かいがちだが、本当の姿を知るには、目を足下に向ける必要がある。風に揺れるスイッチグラスやインディアングラスといった草の穂を眺め、セイタカアワダチソウなどの花に目を移し、さらにもっと下、地中に広がる根を見てほしい。頭の中で想像するだけでなく、ちょっとした小川の岸辺で流れに削られた土手を見てみよう。頑丈な根が下へ下へとからまりながら伸びている様子がよくわかる。

 フリントヒルズは、米国のトールグラス・プレーリーが織りなす広大な生態系の西端に位置している。湿地を別にすれば、ここは東のイリノイ州などに比べてかなり草丈が低い。夏の終わりに、再生されたイリノイ州のプレーリーを歩いてみると、地中の根がどれほどの規模で張りめぐらされているかを想像できる。人間の背丈ほどまで伸びた草の地上部は、地中での姿を鏡に映したようなものだからだ。

 しかしフリントヒルズの場合、地上と地中は似ても似つかない。春に焼かれ、新芽を食べられた草の丈は、夏の終わりでも膝の高さにも届かないほど。だから、地中深く張りめぐらされた根の様子を知る手がかりにはならない。

 視点を変えて、プレーリーをひっくり返した状態を想像してみたらどうだろう。葉や茎が土の中に向かって生え、あらゆる根が空に向かって伸びているとしたら? 高く茂った根っこにさえぎられ、地平線も見えないはずだ。あるものは細い根を広く張りめぐらし、あるものは高く伸びる。それぞれの種が養分を求めて競いあい、異なる高さ、異なる方法で居場所を探している。

 これだけ語っても、プレーリーに生える草の根がいかにしっかり土をつかまえているか、草が大地と空をどれほど密接に結びつけているかを、十分に伝えるのは難しい。

 プレーリーが語りかける声をどう受け止めるかは、その人次第だ。何もないからっぽの土地だと思う人もいれば、せいぜい牛の餌と豊かな景色があるだけと感じる人もいるだろう。だが、かつての面影だけでなく、その本質をとどめる生態系ならどこでもそうだが、トールグラス・プレーリーの生態系は、私たちが周りの生物について考えるきっかけを与えてくれる。

 フリントヒルズでは、春になると野が焼かれ、確固たる希望に燃え立つ新芽が顔を出し、ソウゲンライチョウが伴侶を求めて鳴き声をあげる。今までのような人間本位の見方からすれば、いずれも相変わらずの単純な営みと片付けられてしまうだろう。

 しかし、本来のプレーリーには多様性と一貫性がある。生物どうしのつながりもあれば、自らよみがえる力も備えている。これから大切なのは、プレーリーをそうした新たな視点で見つめなおすことだろう。

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