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特集

世界を席巻する
黒人音楽

APRIL 2007



 ヒップホップはまさに“事件”だった。米国発の音楽が世界を席巻したのは、1930年代のスウィングジャズの出現以来のことだったし、米国の大人たちがこれほど激怒したのは、英国からビートルズが米国を“侵略”し、エルビス・プレスリーが表舞台から退場させられて以来のことだった。ヒップホップは、ラップと呼ばれる音楽と、地下鉄の車両や建物の壁面に描かれた落書き、そしてブレイクダンスがまとまってできた挑発的な文化で、浸透した先々でその地のポピュラー音楽の概念をぶち壊した。ブラジルではラップはサンバに負けないほど人気があり、中国では10代の若者が万里の長城にスプレー缶でグラフィティを描く。フランスでは、ヒップホップはこの数十年で最悪の社会不安を引き起こしていると、不当なレッテルを貼られている。

 ヒップホップは独特かつ複雑な構造で、時に不可解ですらある。取りこんだ音楽はなんでも自らの血肉とし、人気を当てこみ食いつくそうと群がる業界をよそに変容し、次々に新たな大ヒットを生み出す。定義されることを拒む一方、世界中の社会をいろいろなやり方で定義づける。どれだけ不当に扱おうと、過小評価しようと、骨抜きにしようと、あるいは分類や分析をしようと、私たちの世代の多くにとってヒップホップは謎のままだ。だがヒップホップは、世界中の若者たちの高らかな自己主張の叫びなのだ。そろそろ私たちの世代も、ヒップホップに目を向けるべき時かもしれない。

1970年代に誕生したヒップホップ

 ヒップホップ音楽は、人種と社会階層とが複雑に絡み合った状況から生まれた。どうやって生まれ発展したかを語ろうとする人は多いが、何が“真実”かは、時や場所、状況、そしてなにより語り手の主観に左右され、客観的な事実はなかなか伝わってこない。だから、私は私なりの話を語ることにしよう。

 舞台は1970年代半ばのニューヨーク。当時、市の財政は逼迫し、公立学校では芸術科目の予算が大幅に削減された。そんな中、サウスブロンクスとハーレムの若者たちが目新しいことを思いついた。1973年の夏、東174丁目1595番地にある低所得者用の団地、ブロンクスリバー住宅で、アフリカ・バンバータという10代の黒人の若者が、自宅1階の居間の窓にスピーカーを置き、ターンテーブル(レコードプレーヤー)から3000人が暮らす団地中に鳴り響くほどの大音量でパーティー音楽をかけた。

 私はラップを避け続けてきた。ラップは私の想像をはるかに超えていた。そして何より、そこには私が思い出したくもないと願うものすべてが詰まっていて、うんざりだったのだ。だがそのせいで、私は自分の生きてきた時代の最も重要な文化的事件を見逃してしまった。

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