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特集

カナダのタラ漁
大漁の夢今は遠く

APRIL 2007



 タラ漁が解禁になる数日前、私はラ・ポアル湾で調査用のはえ縄をしかけるフランシスに同行した。2時間後、巻き上げ機がうなりを上げ、タラの引き上げが始まった。はえ縄の釣り針すべてに魚がかかっていそうなところもあり、船の中央に積んだ容器には、タラが投げこまれて次々にいっぱいになっていく。この日の水揚げは全部で700キロあまり。「大漁だ。たぶん、かつての最盛期並みじゃないかな」と、フランシスは言う。だが、地元の漁民にはわからなくても、水産資源の管理という視点からこの海を調べる研究者の目には、タラの減少は明らかなのだと、州都セント・ジョンズにある海洋研究所の漁業専門家ジョージ・ローズは語る。  「タラの数が回復している海域は、断片的に点在しているだけなのです」と、ローズは説明する。「北東部の沿岸は漁業資源の枯渇が最も深刻な海域ですが、往年のタラ漁最盛期に匹敵するほどタラの豊富なところはここにも存在します。問題なのは、かつては沿岸のいたるところにタラがたくさんいたのに、今ではごく限られた海域にしかいないことです」

 ニューファンドランド島沖の「グランド・バンクス」と呼ばれる浅い海域やラブラドル半島沖は、かつてはタラのよい漁場として知られていた。500年前、魚を求めるヨーロッパの人々をこの島へと惹きつけた豊かな海の恵みは、今では見る影もない。第2次世界大戦後に魚の加工設備まで備えた大型のトロール船が登場し、大量のタラを乱獲したうえに、産卵場となっていた海底の環境を底引き網で痛めつけてしまったためだ。

 ニューファンドランド島南西部のラ・ポアル付近でも同じように、小型の漁船による底引き網漁が沿岸の漁業資源に打撃を与えたと、海洋研究所のローズは言う。海底を根こそぎにする底引き網漁は、漁業資源に及ぼす影響が大きいことが指摘されている。だが、エビ漁をはじめ、実入りのいいニューファンドランド島の漁業はこの漁法にもっぱら依存しているため、そう簡単にはなくなりそうにない。

 もしタラの漁獲制限が大幅に緩和されたら、たちまち底引き網漁船が舞い戻ってきて、ようやくタラの数が回復しつつある海域の漁業資源を根こそぎにしてしまうだろう。この点では、漁民たちも科学者も予想は一致している。

 ラ・ポアルの漁師たちは今や、廃業の瀬戸際に立たされている。だが皮肉なことに、彼らが代々受け継ぎ伝えてきた、はえ縄漁こそ、漁法としては適切なのだとローズは言う。過去40年間のタラ漁がすべてこの方法で行われていたら、産卵場が破壊されることも、タラの数が激減することもなく、現在のような危機的な事態にはならずに済んでいたはずだ。

 タラ漁解禁日の当日。今シーズン最初の漁を終えた船が、昼前後に続々と港に戻ってきた。バウチャーとボンドをはじめ、漁師たちの多くは1週間の漁獲割り当て量(約1600キロ)のおおよそ半分程度のタラをとって帰ってきた。水揚げの順番を待つ漁船から、島の暮らしを歌った曲が聞こえてくる。アイルランド民謡風の、どこかもの悲しい調べに乗せて、かつて一家で漁をして暮らしていた家族が、仕事を求めて散り散りになり、昔ながらの暮らしが失われてしまったことを嘆く歌だ。「悲しいけれど、それが現実。故郷のわが家で出迎えてくれる人は、もう誰もいない」

 港では、哀調を帯びた歌などおかまいなしの、上機嫌な少年にも出会った。7歳のコディ・チャントは桟橋の真ん中に自転車をとめて、次々に漁船が帰港する港のざわめきを楽しんでいるようだった。

 「漁が大好きなんだ」と言いきる少年の言葉には、タラに導かれて何百年も前にはるばるイングランドやアイルランドからやって来た、祖先の移民たちに通じる訛りがあった。「大きくなったら、僕もきっと漁師になるよ。自分の船を持ちたいんだ」

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