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聖なる川に捧げられた
スロベニアの遺物

MARCH 2007

文=キャロル・コフマン 写真=アルネ・ホダリッツ

ユーゴスラビアのスロベニアを流れるリュブリャニツァ川は、古代から"聖なる川"として信仰され、無数の宝物が捧げられてきた。

 古代ローマのぜいたく品、中世の剣など、おびただしい数の遺物が見つかっている。それらはすべて、上流から下流まで20キロほど続く、水深の浅い川床から出土したものだ。その数は偶然というにはあまりに多い。だが、この川が"聖なる川"だったと考えれば説明がつく。これらの遺物を研究する考古学者アンドレイ・ガスパリによれば、スロベニアの首都リュブリャナの市街を流れるこの川の近くに暮らした人々や、流域を通った旅人たちは、ここを神聖な場所と見なしていたらしい。ケルト人や古代ローマ人が、人生の節目を祝う通過儀礼や弔いの儀式で、あるいは戦いに勝利した感謝をこめて、宝物をこの川にささげてきたというのだ。

 リュブリャニツァ川はなぜ、ヨーロッパでも指折りの遺物の宝庫になったのだろうか。確かなところはガスパリにもわからないようだ。川床に眠っていた宝物の多くは、柔らかい堆積物の層とゆるやかな川の流れのおかげで、きわめて良好な状態で保存されていた。それでも、その謎を解く手がかりとなる遺物の多くは、すでに失われてしまっている。

 ここ20年ほど、この川では多くのダイバーが“宝探しゲーム”を繰り広げ、1万~1万3000点にも及ぶ遺物の大半を持ち帰ったのだ。この川で見つかる遺物を持ち去ることは、以前から法で禁じられているにもかかわらず、ダイバーの中には、見つけた遺物を博物館や収集家に売ったり、私物化したりする者がいた。ガスパリにとって何よりも腹立たしいのは、収集家たちが、遺物の出土時の状況に関心がないことだ。発見地点や他の遺物との位置関係などは、遺物そのものと同じくらい大きな意味をもっている。発見時の状況が不明では、その遺物の役割も解明できない。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ生まれのムラデン・ムックは、ガスパリを悩ませている、アマチュア・ダイバーの一人だ。1985年以来、リュブリャニツァ川で約1000点もの遺物を手に入れている。リュブリャナにある彼の家には、シカの枝角で作った斧など、先史時代の道具類を収めたプラスチックの箱が並んでいる。これらを売るつもりはないと彼は言う。

 「私の家に保管しておくほうが多くの人に見てもらえる。博物館などに渡しても、地下室に置かれっぱなしになるだけだ」

 だがガスパリは、そんなことにはならないという。実際、スロベニア国立博物館のチームが見つかった遺物の展覧会の準備を進めていて、2008年にはヨーロッパを巡回する計画だ。

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