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荒涼とした絶景
チワワ砂漠

MARCH 2007


 見渡す限りの砂漠に、高さ450メートルの崖や標高2700メートルを超える山地が突然現れる。年間降水量はわずか500ミリだが、山の上には、オオキレハカエデ、アスペン、ベイマツなどの樹木が生えている。低地の降水量はもっと少なく、年間250ミリほど。雨期となる7月から9月には、雨が降るとひょろ長いオコティロが小さな丸い若葉を芽ぶかせ、茶色のトゲの先から鮮やかな赤い花を咲かせる。ユッカの茎には握り拳ほどの大きさのクリーム色の花が咲き乱れる。燭台のように枝分かれしたリュウゼツランの茎が、ろうそくが燃えているようなまばゆい黄色の花の重みでたわむ。何もないように見えた土地が、一瞬のうちに生命で満たされるのだ。

 過酷なチワワ砂漠は、実はもろくて傷つきやすいs土地でもある。この地に足を踏み入れる人間は少ないが、19世紀以降、採鉱、伐採、狩猟、過度な放牧などの影響を受けてきた。そのため、米国・メキシコ両国政府や企業、個人の支援でその傷を癒やす取り組みが始まっている。1944年に米国でビッグベンド国立公園が設立されたときに、メキシコと共同の公園にする案も考えられた。しかし、4000平方キロを超える地域を、サンタエレナ峡谷保護区とマデラスデルカルメン動植物保護区としてメキシコ政府が指定したのは、半世紀後の1994年になってからのことだ。

 1999年には、世界規模でセメント製造事業を展開するメキシコの企業が乗り出してきた。といっても、開発ではなく保護のためで、国境沿いの土地を何百平方キロも購入して、保護区として残しておくことにしたのだ。

 これは今までにない新しい自然保護の手法だ。メキシコ政府には公園や野生生物の生息地のために土地を購入する予算がなく、米国でも同様の状況になってきた。「大回廊」のメキシコ側では、保護区の多くを民間が所有し、採鉱は引き続き許可されている。これまでの米国の国立公園なら、保護区に指定された地域に住む5000人の牧場主や農民を立ち退かせるところだが、自然保護活動家はそこに暮らしながら同時に土地を保護することが住民自身のためになると説き、住民に責任感をもたせようとしている。米国の国立公園ではそれができなかった。「メキシコには、未開の地という概念がないのです」と言うのは、セメント会社の土地購入に協力している環境問題専門家で、建築家のパトリシオ・ロブレス・ギルだ。「スペイン語には“原野”に相当する単語がありません。今までの国立公園を超える新しいモデルになるかもしれません」

 砂漠での長い1日を終えると、自然保護活動家のグループは保護区にあるセメント会社の宿に集まって、ステーキとトルティーヤ(メキシコの薄焼きパン)で夕食をとりながら、将来のことを語り合う。すでに、隣接する地域のいくつかをメキシコ側の二つの保護区に加える提案がなされている。また、この地域にもともと生息していたと考えられているハイイログマとメキシコオオカミ、バイソンを野生に放す計画についても話し合った。

 これはよい案だと思う。サバクオオツノヒツジもプロングホーンも個体数が回復してきている。数十年前には、メキシコのコアウイラ州の山奥に、ごくわずかなアメリカクロクマが生息しているばかりだったが、メキシコの牧場主の団体がクマ狩りをやめて保護を始めた結果、今ではリオグランデ川のテキサス側でもアメリカクロクマを見ることができるようになった。

 「大回廊」での自然保護活動の手法に賛同する人々は、これこそが世界中の自然保護問題を解決するものだと考えている。賛同者の一人である自然保護活動家は、ここは「純然たる手つかずの状態」で、人間による開発を免れ、原野が減らずに拡大している、北米大陸ではまれな場所だと言う。失われつつあるものばかりに目が注がれがちな地球環境だが、チワワ砂漠は喜ぶべき例外ではないだろうか。

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