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特集

サメたちの楽園
バハマの海

MARCH 2007

文=ジェニファー・S・ホーランド 写真=ブライアン・スケリー

豪たちにも愛された中米・バハマの青い海は、さまざまな種類のサメが生息する楽園だ。だが、この豊かな海にも開発の波が押し寄せている。

 海の世界で“悪役”といえば、サメの右に出るものはない。凶悪な目つき、不敵な面構えと鋭い歯で、血みどろの饗宴を繰り広げる冷酷な殺し屋たち――サメが人気者になれなかったのは、無理もない。

 こうしたサメのイメージには、古今の小説家も一役買っている。青白い横腹に恐ろしげな頭部、鋭い歯の並んだ口をぱっくりと開け、おぞましい肉をむさぼる――サメのことをこんな風に表現したのは、19世紀を代表する米国の海洋小説家メルヴィルだ。捕鯨船の乗組員だったころ、解体されたクジラの内臓にサメが群がる様子を目の当たりにしていただけに、その描写には容赦がない。

 だが、もしメルヴィルが中米のバハマ諸島に来ていたら別の印象をもったかもしれない。1930年代半ば、米国の文豪ヘミングウェイは釣り竿とタイプライター持参でバハマにやってきて、海や魚、釣りを題材にした作品を残した。サメのことはたいてい悪し様に書いているヘミングウェイだが、ときには敬意をこめた描写もしている。『老人と海』では、水面に突然身を躍らせたアオザメについて、主人公の老漁師サンチャゴにこう言わせている。

 「そいつは、あごを除けば非のうちどころなく美しかった……背は青く、腹は銀色に光り、……海中の魚という魚を食い尽くすためにつくられた……恐れというものを一切知らぬ、無敵のサメだ」

 バハマは今も、ヘミングウェイが訪れた頃とあまり変わらない。海は青く澄みわたり、豊かな生命をはぐくんでいる。フロリダの南東、800キロにわたる一帯にはおよそ700にものぼる大小の島々が点在し、開発の波もまだほとんど及んでいない。地元の住民は、ロブスターやフエダイ、コンク貝(食用の巻き貝)をとって暮らしている。干潟ではフライフィッシングでソトイワシが釣れるし、水深が1800メートルにも達する「海の舌」と呼ばれる海中断崖は水温が低く、カジキ釣りを楽しむには絶好のポイントだ。そして、この海にはサメもいる。「タイガービーチ」と呼ばれるダイビングスポットに潜った私は、イタチザメ十数頭の群れに遭遇した。ぐるぐると円を描いて泳ぐサメたちは、海の荒くれ者というよりは、ベビーベッドの上に吊したおもちゃのモビールのようだ。用心深い黒い目は、人のこぶしほどの大きさがある。

 獰猛さではホホジロザメに次ぐという定評のあるイタチザメは、ほかのサメを襲うこともあり、車のナンバープレートやタイヤまで、ほとんど何でも食べてしまう。

 1頭の大きな雌のイタチザメが群れを離れ、私のほうへ泳いできた。間近に迫った鼻づらの表面に、小さな穴がたくさん見える。サメはこの感覚器官で、微弱な生体電流を感知する。悠然とかたわらを泳いでいくサメの巨大な横腹にそっと触れてみると、目の細かい紙やすりのような手触りだった。恐ろしいと評判のサメだが、初対面の私にはどことなく好ましく思えた。

 バハマ海域にいるサメは、イタチザメだけではない。ニシレモンザメ、ヒラシュモクザメ、オオメジロザメ、カマストガリザメ、クロトガリザメ、アメリカテンジクザメなど40種あまりが生息し、回遊してくるヨシキリザメ、ジンベエザメ以外は、生まれ育った静かな潟(ラグーン)で1年中過ごし、子どもを産む。

 バハマ諸島の名は、浅い海を意味するスペイン語「バハ・マール」に由来する。島々を構成するのはグレートバハマバンク、リトルバハマバンクという二つの石灰岩堆で、その間を深さ3900メートルの海峡が隔てている。このため海中の地形も変化に富み、断崖や浅瀬、岩礁や砂浜、サンゴ礁、アマモの仲間の海草が茂る浅瀬、マングローブ林、ラグーンといった多彩な環境が、大小さまざまな生命をはぐくむ。大西洋からの新鮮な海水と暖かいメキシコ湾流が混じりあうこの海に、豊富な餌を求めてサメたちは遠くからも集まってくる。

 周囲をマングローブ林に縁どられた静かなラグーンの水面は、鏡のように穏やかだ。生後まもないニシレモンザメの子どもが、楽しげに泳ぎまわっている。「ここは特別な場所なんだ」と語るのは、皆に“博士”の愛称で呼ばれる生物学者サミュエル・グルーバー。彼は近くでサメの研究ステーションを運営している。バハマ諸島の西端、ビミニ諸島にある、この小さなラグーンはサメにとって出産と子育てにうってつけの天然の隠れ家だ。ここで生まれたニシレモンザメの子どもは、敵に襲われる心配もなく餌を探し、ぐんぐん成長する。グルーバーは数年前、発信器を付けた雌のニシレモンザメを追ううちに、この穴場を偶然知った。

 ひげづらにサングラスをかけ、日焼け対策と蚊よけのために首には赤いバンダナを巻いたグルーバーは、海洋生物学者というより、さすらいのオートバイ野郎といった風情である。海水が渦を巻く砂地にひざをつき、餌をちらつかせながらスティービー・ワンダーのラブソング「マイ・シェリ・アムール」を口ずさみ、サメをおびきよせる。しばらくは無視されて悪態をついていたが、ようやく子ザメを1頭捕まえると、赤ん坊をあやす母親のようにやさしく語りかけた。サメなどの動物には、背部をトントンとたたかれるとぐったりして動かなくなる性質があり、グルーバーはこの子ザメでそれを実演してみせてくれた。

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