/2007年3月号

トップ > マガジン > 2007年3月号 > サメたちの楽園 バハマの海


定期購読

記事ランキング

ナショジオクイズ

Q:恐竜のイメージをがらりと変え、今では恐竜研究の標準的な手法となっている医療用技術は次のうちどれでしょう。

  • 内視鏡
  • エコー
  • CTスキャン

答えを見る

ナショジオとつながる



特集

サメたちの楽園
バハマの海

MARCH 2007


 保健当局の統計によると、海でサメに襲われてけがをする人の数は、実は意外なほど少ないという。それなのに、サメの研究や保護活動には人々の理解が得られず、資金も集まりにくいのが現状だ。

 サウスビミニ島にあるグルーバーの研究施設も、見るからに予算不足だった。建物の外には破れた漁網がぶらさがっている。寄付してもらった中古トラックは、運良く動いても車内は排ガスだらけになり、ドアを少し開けたまま走るしかない。雑用をこなすのは、派手な色に塗りたてられたトレーラーハウスに寝泊まりするボランティアだ。

 「サメおたく」を自認するボランティアの若者たちは、夜になると月明かりと懐中電灯を頼りにノースサウンドの入り江に出かけ、網にかかったニシレモンザメを調べる。入り江を通るサメの子どもは、この方法でほぼもれなく把握しているという。サメを慎重に網から外し、すぐに調査用の囲いに移して体重や体長を測定した後、背びれをちょっぴり切りとる。DNAを調べてニシレモンザメの系図を作るためだ。識別用のタグを付けて放した生後1年以上の子ザメの9割以上が、その後再び網にかかり、健康状態と成長ぶりを記録される。

 およそ25年かけてビミニ諸島のニシレモンザメを研究してきたグルーバーは、世界で最も詳細で大規模なサメのデータベースを作りあげた。サメが周囲の環境に及ぼす影響や、生息に必要な自然条件などの研究成果から明らかになったのは、さまざまな生命をはぐくむマングローブの重要性だ。だからこそグルーバーは、小さなノースビミニ島に持ち上がった大規模なリゾート開発の計画に、断固として反対を唱えている。

 すでにコンドミニアム、マリーナ、カジノの建設は始まり、海辺にはゴルフ場まで造成される予定だ。海底が浚渫されて漁場が失われ、海辺は立ち入り禁止の土地だらけになりかねないと、地元の住民たちは心配している。

 そうは言っても、観光客が来なければ地元の経済は立ち行かないことも明白だ。ビミニ諸島をはじめ小さな島々では、観光客向けの施設が不十分で、整備が必要なところもあるのはグルーバーも承知している。問題は開発と保護のバランスである。環境に配慮して開発を進め、適正な数の観光客を受け入れるようにすれば、サメを保護し、生態系を維持するうえで大いに役立つだろう。だが開発が行きすぎたり、環境への配慮を欠いたりすれば、サメを含む生態系に取り返しのつかない打撃を与えかねない。

 2002年までは、バハマの経済と環境の生命線である海を守るために、五つの海域を開発対象から除外する動きが進んでいて、なかでもビミニ諸島は最重要地域とされていた。ところが、政権交代によってこの動きは頓挫し、環境保護への取り組みも棚上げにされたままだ。そして、ビミニ諸島と同じような巨大リゾートが、外洋に面したいくつかの島々にも出現している。「政府は環境を安く切り売りしている」と、グルーバーは非難する。

 バハマ政府観光局の元職員レナード・スチュワートは、そうした指摘を頭から否定はせずに、「この国はまだ若いのです」と言った。バハマは1973年に英国から独立を果たしたばかりだ。「われわれは自国の環境について、手探りで学んでいかなくてはなりません。もちろん、失敗だってあるでしょう」

 だが、開発の失敗は、予想以上に高くつくことがある。観光は今や、バハマの国民総生産(GNP)のほぼ半分を占める重要な産業だ。なかでもダイビングは年間数百万ドルを稼ぐ大黒柱で、サメの人気も高まっている。グルーバーがざっと試算したところでは、良好な生息地に暮らすサメ1頭は、生涯に20万ドル(約2400万円)相当の観光収入をもたらすという。もちろん、環境面での貢献は計り知れない。カリブ海で行われた研究では、サメが生態系の要となっている海でその頭数が激減すると、食物連鎖のバランスが崩れ、岩礁の生態系が崩壊するという報告もあるほどだ。

 世界にはサメを珍重する地域もあるが、それはヒレの部分が高級食材として知られるフカヒレになるからだ。年間およそ7300万頭ものサメが、ヒレをとられて死んでいる。フカヒレ自体はほとんど味がしないが、アジアではその独特な食感が喜ばれ、驚くほどの高値がつく。違法な取引も多く、ヒレだけ切りとったサメを海に戻すこともあるという。ヒレを切られたサメは泳ぐことができず、餌もとれないのでそのまま死んだり、ほかの魚に食べられたりする。それでも、フカヒレの需要は高まる一方だ。

 フカヒレ目当てでないサメ漁もあるし、別の魚を狙った網に混獲されて死ぬサメも多い。サメの繁殖率が低いことも、先行きに暗い影を落としている。ニシレモンザメやオオメジロザメ、ペレスメジロザメなど、個体数が多いとされている種類でも、捕獲や生息域の減少に脅かされている。今のうちに積極的な対策をとらなければ、10年以内にサメの数は激減すると警告する研究者もいるほどだ。

 フカヒレ目当ての捕獲を広い範囲で禁止する、誤って漁網にかかったサメの数を正確に把握する、保護区域を設けるといった努力で、深刻な事態は避けられるかもしれない。研究費を大幅に増やすことも重要だ。国際社会が足並みをそろえて厳しい措置をとらないかぎり、サメの数は落ちこむばかりだろう。

 バハマでは、1993年に延縄漁が違法となり、フカヒレなども含めてサメの輸出が禁止された。サメの肉は地元ではあまり好まれないため、サメはスポーツフィッシングでたまに狙われる程度で、捕獲される数は微々たるものだ。そんな事情も手伝って、バハマの青い海はサメの聖域になっている。

 だが、バハマの島々に開発の波が押し寄せてくれば、サメの生息域はじわじわと狭められていくだろう。堂々たる体躯のサメは、それ自体が驚嘆すべき存在であり、海の生態系で重要な役割を担っている。もしもサメが姿を消せば、バハマの人々の生活を支えてきた豊かな海の生態系も崩壊する。釣り人やダイバー、小説家たちを魅了してきたのも、サメたちの楽園、バハマの青い海なのだ。

Back2/2 pages


ナショナル ジオグラフィック バックナンバー