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特集

豊かな原油に蝕まれる
ナイジェリア

FEBRUARY 2007

 

遅れる環境対策

 石油会社は長い間、環境にほとんど配慮してこなかった。連邦政府に環境保護局が設置されたのが1988年、環境影響調査が実施されたのが1992年というお粗末さである。

 いま政府が力を入れているのは、天然ガスを燃やす炎を消すことだ。デルタ地帯の油田には天然ガスが豊富に含まれているが、石油会社は長年その天然ガスをただ燃やし続けてきた。回収して地中に再注入すると、よけいな費用がかかるからだ。天然ガスを燃やすことで排出される二酸化炭素は酸性雨の原因になり、農業物に被害を及ぼすばかりでなく、住民の呼吸器系の疾患などももたらしてきた。

 当初、政府は1984年までに天然ガス燃焼を停止するよう命じたが、その後なしくずしに期限がずれこんでいる。

 最も大規模に天然ガスを燃やしているシェル社は、このほど、事態は大いに改善されつつあるが、最新の期限である2008年には間に合わないと発表した。

 さらに、原油流出による地下水や農地の汚染が問題になっている。政府の記録によると、1976~2001年の25年間に6817件の原油流出事故が起きたという。1年に250回以上は流出事故が起きている計算だ。だが専門家は、実数はその10倍に及ぶと推測する。流出事故の主な原因は、設備の老朽化と整備不良だが、企業側は破壊活動や横流しのせいだと主張する。一部の地元住民が補償金目当てに、原油を流出させているというのだ。

 シェル社が運営するヨーラ油田の13号油井では、私が訪れたとき、すでに5日間も原油の流出が続いていた。うっそうと草が茂るなかに、高さ1.5メートルの坑口がある。近くのオゴニ族のクペアン村から、人々が集まっている。鉄製の坑口から、煙が立ちのぼる。ここから漏れた原油は、湖のように大きく広がっていく。

 「シェルの人間が来るはずなんだが、まだ誰も来ていない」と村人の一人は心配する。「原油が向こうの川に流れこむと、村の飲み水が汚染され、飲めなくなってしまう」

 ナイジェリアで、石油産業に対する大規模な抗議運動が最初に起きた地域は、ポートハーコートの南東にあるオゴニ族の土地、オゴニランドだ。1990年、カリスマ的な人気のある地元の作家ケン・サロ=ウィワが、原油の流出に怒り、オゴニランドにおける石油の権利を主張。環境破壊を食いとめることを目的として「オゴニ族生存のための運動」を組織した。

抹殺された抗議の声

 そして1993年はじめ、オゴニ族全人口の半数近い25万人が結集して抗議活動を行なった。その年、シェル社は安全上の問題を理由に、オゴニランドにある96本の油井の操業を停止した。だが、それ以外の地域では原油採掘が続いており、それを運ぶパイプラインはオゴニランドを通っている。

 サロ=ウィワの国民的人気に脅威を感じたナイジェリアの軍事政権は、彼と仲間の活動家を殺人罪で告発した。罪状は群集を扇動して、彼らと対立していたオゴニ族の指導者4人を殺害させたことだった。誰もがでっちあげと認める裁判には、シェル社も関与していたとされる。

 1995年、サロ=ウィワほか8人は有罪を宣告され、絞首刑に処された。国際世論は激しく反発し、サロ=ウィワの息子は人権侵害でシェル社を訴えたが(裁判は継続中)、状況は何ら変わっていない。それどころか、アイザック・アスメ・オスオカは「サロ=ウィワが処刑されてから、事態はさらに悪くなっている」とさえ言う。

 そして最近では、シェル社の原油流出事故への対応は遅れるいっぽうだ。安全上の不安はそのままだし、現地の立ち入り料や補償をめぐる地元指導者との交渉も、非友好的で時間がかかっている。

 13号油井で漏れた原油が燃えていると聞き、私は再びクペアンを訪れた。真っ黒な煙が、ヤシの木々より高くたちのぼっている。

 しかしこのとき、私は油井に近づくことができなかった。オゴニ族の若者たちが、私の車を阻止したからだ。

 「白人は出ていけ!おまえもシェルの手先だろう!」と、一人がどなった。「油井を見たいんなら、10万ナイラ(約9万円)払え」。別の若者はこう叫んだ。

 数日後、私はオゴニ族のパトリック・ナーグバントンに、村の首長と話をつけてほしいと頼んだ。ジャーナリストのナーグバントンは、かつてサロ=ウィワと一緒にデモ行進をしたこともある。彼は油井に向かう群衆をかきわけるようにして進み、私はナーグバントンのあとをついていった。地面から火の玉が噴きだし、炎がめらめらと燃えあがっている。この地獄絵図さながらの光景のなかで、クリスマスツリーのような油井が、火中に投じられた人形のように溶けていく。村人の一人、レタム・ヌウィネクが私たちを火のそばから引き離した。

 「パイプラインに火がついて爆発したら、村全体が吹っ飛んでしまう。シェルは人をよこすことを約束しているんだが、火災がこれだけ広がったから、消火剤とか特別な機材が必要だと言って逃げている」

 そのとき、村人たちがクモの子を散らすようにその場を離れた。ピンクのシャツに黒のベレー帽というしゃれたいでたちの男が、私たちのほうに近づいて言った。

 「いますぐ帰れ!」

 この男はマーヴィン・ヨバナといって、オゴニ青年会議の会長をしている。ヨバナには5人の取り巻きがついていて、私たちを脅すようににらみつけていた。

 私たちはその場を離れた。ナーグバントンが「ヨバナはオゴニ族の“自称”リーダーだ」と説明してくれた。「だが、ごろつきだよ。やつはシェルと手を結んで、うまみの多い清掃事業の契約をとるつもりらしい。だからジャーナリストにかぎまわられたくないんだ」。ナーグバントンは油井の炎にちらりと目をやって、吐きすてるようにそう言った。「あの男も、オイルマネーに群がって、おこぼれにあずかろうとするハイエナだ」

 シェルの消火チームが到着するまで、13号油井はそれから2カ月以上も燃えつづけた。

くすぶる怒りの炎

 「誰か聞いているか?」ケン・サロ=ウィワは、最後となった新聞のコラムでそう書いた。「デルタの人々にも、原油の販売にかかわって利益を手にすることを認めるべきだ。そうしないかぎり、デルタ地帯で起きている悲惨な事態を収拾することはできない」

 確かにデルタ地帯は、悲惨な事態になりつつある。私がこの記事を書いている最中にも、コーソン川でシェル社の船が70人の武装集団に襲撃され、従業員25人が誘拐された。石油輸出の一大ターミナルがあるブラス島の近くでは、銃撃戦でナイジェリア国軍の兵士9人が死亡している。ポートハーコートの東では、エクソンモービル社の従業員の居住地区が武装集団に襲われ、英国人従業員4人が連れさられた。犯人グループは、人質一人当たり1000万ドルの身代金を要求した。

 こうした襲撃事件は、オイルマネーの分配を要求する若者グループが先導していて、頻度も規模も深刻さを増している。カリフォルニア大学のマイケル・ワッツに言わせると、この状況は、アフリカ大陸で若者のあいだにくすぶっている不満の象徴である。

 「社会からはじかれ、政治的にも流動的な若者がアフリカ全土にひしめいている。彼らは、独立や民主主義に向けた自国の動きと歩調を合わせて、自分でも何かを成しとげられると信じてきた。そんな希望が打ち砕かれ、暴力という形で爆発している。現状にうんざりした若者たちは、怒りを力で表現しているのだ」

 ニジェール川デルタ地帯でも、暴力が国の経済を脅かし、西側世界への原油の供給量は減少している。破壊活動による生産量の減少の一部は、新しく開発された海上油田で補えるものの、ニジェール川デルタ解放運動を名乗る闘士たちは、すべての油田の操業を阻止すると息巻いている。

 在ナイジェリアの米国領事が、ボニー島が襲撃されるおそれがあると警告したとき、ニジェール解放運動のスポークスマンは得意げな口調でマスコミに語った。「我々はナイジェリアの石油輸出産業を、一撃で一掃してみせる」

 ポートハーコートではよく停電が起こる。そんなある夜、真っ暗な市の中心部で、怒れる若者の一人が、匿名を条件に心境を語ってくれた。「ナイジェリアは、最悪の誤りをしでかした。それは、ケン・サロ=ウィワの生命を奪ったことだ。この罪はぜったいに許されない。こんなふうに過剰反応する政府の下では、殺される前に武器を持って戦わなくては、と思うのも当然だろう。暴力は暴力しか生まない。希望をなくし、自暴自棄になった人間は言うだろう。『とことん戦うか、さもなくば死かだ』」

 このナイジェリア青年は、大学の講師をしているという。事態はすでに、話し合いで解決できる段階にはないと彼はみる。「デルタ地帯が第二の中東になる公算が高くなれば、国際社会も介入を始めるだろう」

 デルタ地帯の住民のうち、自らの権利のために銃を取って戦う者がどれくらいいるのか、はっきりしたことはわからない。いくつかの推定でも、数百人から数千人と幅がある。ただ、軍が極端な手段で対抗するたびに、戦う人間が増えていることだけは確かだ。

 ニジェール川デルタ解放運動のメンバーと支援者、合計100人ほどが、ウォーリの町にある遺体安置所に堂々と集まった。ナイジェリア軍による攻撃で死亡した、9人の闘士を弔うためだ。葬儀が終わると、死者をそれぞれの村に埋葬するために、棺が小舟で運ばれた。解放運動の指導者たちは、取材陣の同行を許可した。

 途中の桟橋には、近隣の男たちがやってきて銃を振りかざし、家々には白い旗が掲げられていた。男たちは、赤と白の派手なリボンを腕に固く結んでいる。リボンと旗は、イジョウ族の戦いの神であるエグベスを表す。リボンは戦士が身につけるお守りで、エグベスに誓いを立てたら、もはや金属(銃弾や刀でさえも)に傷つけられることはないと信じられている。

見えない解決策

 いまのニジェール川デルタ地帯では、どんな解決策も見えてこない。石油会社は従業員の生命を守り、操業を続けるために、ひたすらことを荒だてまいとする。力には力で対抗するよう命令されている軍隊は、都市部や水路の監視を強化している。そして反政府集団は、激しいゲリラ攻撃を展開する。犠牲者が増え、原油価格が上昇することで、政府が聞く耳をもつと期待しているのだ。

 2007年4月には国政選挙が予定されている。政治家がならず者を雇って有権者を銃で脅す、いつもの選挙のやりかたを変えなければ、暴力の連鎖はさらに加速するだろう。

 青空を見ることがめったにないデルタ地帯では、将来を楽観する声も聞こえない。かつては企業の経営者で、いまはオロアマ村の近くで農場を営むパトリック・アマオプサニボはこう語る。「黒い黄金と呼ばれる石油が出たことで、自分たちも人並みの暮らしができるようになる――昔はみんな、そう信じていたよ」

 キャッサバ畑のすぐそばでは、近くの油井の天然ガスが轟音を立てながら燃えさかっている。アマオプサニボはその音に負けないように、どなるように話した。「でも、いまの私たちには何もない。だまされたんだよ」

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