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心臓医学の最前線

FEBRUARY 2007


遺伝子が心臓病を引き起こす?

 ある秋の午後、ドン・ステフェンセンは米アイオワ州南西部の小さな湖のほとりで心筋梗塞の発作を起こした。カモ猟のシーズンに備え、デコイ(おとり用の模型)を設置している最中の出来事だった。

 彼が一命をとりとめたのは、一緒にいた仲間がニトログリセリンの錠剤を持ち歩いていて、すぐに一錠をステフェンセンの舌の下に入れたおかげだ。ニトログリセリンはダイナマイトの原料だが、微量が血液中に入ると一酸化窒素を生成し、血管の平滑筋細胞に信号が送られる。すると、筋の収縮がゆるんで血管が広がる。

 ステフェンセン一族は、3世代にわたり200人余りの親族がいる大家族だ。心臓の病気をわずらう者が多いが、本人たちはそれを特別なこととは考えていなかった。「てっきり、食生活のせいかと思っていました」と、一族でただ一人のベジタリアンである38歳の女性ティナは、ほっそりした肩をすくめる。

 そう考えるのも無理はない。米中西部のアイオワ州は農畜産業がさかんな地域で、ステフェンセン家の人々も肉団子やミートローフ、パイ、チーズソースを添えたマカロニといった、ボリューム満点の料理を食べて育った。戸外での重労働が過去のものとなった今も、この地域の人々の料理の好みは変わらない。

 だが、一族に心臓関係の病気が多いのは脂っこい食事のせいだけだろうか。ドンが発作を起こしてから11年後、妻のバーバラはたまたま医師の話を小耳にはさみ、心臓発作の遺伝子研究が行われていることを知った。

 研究を進めているのは、米オハイオ州にある心臓病の治療で有名な医療機関、クリーブランド・クリニックだという。興味をもったドンは、20人の親戚とともに血液サンプルを送った。1年がかりで彼らのDNAを解析したのは、このクリニックの循環器専門医で遺伝子研究者のエリック・トポルだ。ヒトのゲノム(全遺伝情報)には、個々人で遺伝子のDNA配列がわずかに異なる多型性変異(多型)が何百万カ所もある。トポルらは、その中から心臓病の多い一族だけが共有する多型を探し、MEF2Aという遺伝子上の変異を突きとめた。

 この変異型をもつ人の体内では、異常なタンパク質がつくられる。「何かがつかめたという手応えはありました」と、トポルは話す。「それでも疑問は残ります。生まれつき体内にあるはずの異常なタンパク質が、どんなしくみで50年も後になって心臓発作を引き起こすのでしょうか」

 トポルはやせぎすで、コレステロール値は135しかない。今回取材した専門医たちの例にもれず、予防的にスタチン系のコレステロール低下薬を服用している。研究室に私を案内しながら、トポルはこんな話を聞かせてくれた。「事故や戦争で亡くなった20代の人でも、遺体を解剖するとほぼ例外なく動脈にコレステロールが沈着しています。本人が自覚するよりはるかに早くから、病気は始まっているんです」

 トポルは、動脈壁の内側の内皮細胞を培養して、MEF2A遺伝子の変異が何をもたらすのかを調べてみた。ステフェンセン一族の変異型をもった細胞群と、正常な細胞群を培養し、MEF2A遺伝子のつくるタンパク質に緑色の蛍光色素で標識を付ける。この実験で得られた画像から、驚くべき違いが浮き彫りになった。

 正常な細胞ではMEF2Aタンパク質がすべて細胞核の中にあり、コンピューターで拡大した画像では目玉焼きのように、細胞の中心が緑色に光って見える。ところが変異遺伝子をもつ細胞では細胞核は光らず、代わりに細胞膜がぼうっと光る細い緑色の線でふちどられて見えた。MEF2Aタンパク質はそこで足止めされ、本来の役割を果たせずにいるのだ。

 トポルの考えでは、このために動脈壁の構造が変わり、プラークが破れたときに亀裂ができやすくなっているという。冠動脈に亀裂が生じれば、それだけ心臓発作を起こす確率が高まる。同様の異常をもたらすMEF2Aの変異型は非常にまれだが、この変異型をもつ人が心臓病になる確率は、100%近いかもしれないとトポルはいう。

 病気を引き起こす確率はMEF2Aよりはるかに低いが、心臓病とかかわりのある遺伝子多型はほかにも数多く見つかっている。専門家によれば、何十種類もあるそうだ。ただし、ある人が心臓病を起こす確率全体からみれば、個々の遺伝子の影響は1%程度にとどまるものもあり、そこへ食生活など外部の要因が加わって、危険度を高めたり低めたりする。ある医師の言葉を借りれば、心臓発作のリスクを左右する要因は「50%が遺伝子、あとの50%はファストフード」なのだ。

 心臓病にかかわる遺伝子がすべて同定されれば、血液を採取するだけで、DNAを解析してリスクを左右する遺伝子を調べあげ、どの程度心臓病にかかりやすい体質かを数値として割り出せると、クリーブランド・クリニックの循環器専門医スティーブン・エリスは説明する。

 さらに喫煙の習慣や体重、血圧、コレステロール値などの重要な要因を加味すれば、医師は一人ひとりの患者に合わせた指導や治療ができる。スタチン系のコレステロール低下薬の大量投与といった積極的な治療が必要か、運動や生活習慣の改善で十分に効果がありそうか、その人ごとに判断できるというのだ。たとえば食事の改善でコレステロール値が大幅に下がる体質かどうかは、数種類の遺伝子を調べれば推測できる。

 リスクを正確に知ることは非常に大きな意味をもつと、エリスは言う。心臓病は自覚症状がないケースが多いからだ。米国のデータでは、心臓病で突然死する男性の50%、女性の64%は、それまでまったく不調を感じていなかった人たちである。

 動脈硬化の診断に使われる現在の標準的な検査法は万全ではなく、見つかったプラークが命を脅かすかどうかまではわからない。血管に造影剤を注入して、X線画像で血流を調べる血管造影(フォトギャラリー参照)を行えば、血管内を流れる血流の量はわかるが、動脈壁の内部に潜むプラークまでは見つからない。ところが実際には、この手のプラークが往々にして心臓発作を引き起こすのだ。

 コンピューター断層撮影(CT)で、動脈壁そのものを描きだす――そんな検査技術の開発も進められている。もっとも、正常な冠動脈壁の厚さはわずか1ミリ程度で、心臓の拍動とともに1分間に70回ほどのペースで動いている。画像として鮮明にとらえるのは至難の業だ。

 それでも、けっして不可能ではない。クリーブランド・クリニックの地下の検査室には、直径が私の背丈ほどもある青いプラスチックのドーナツ型の物体が置いてあり、真ん中の穴から女性の両脚が突き出していた。このドーナツがCTスキャンの装置だ。心拍数を下げる薬を患者に与え、動脈に造影剤を注入して撮影すれば、驚くほど鮮明な画像が得られる。

 循環器の画像検査部門の責任者マリオ・ガルシアは、コンピューターを操作して画像を次々に表示していく。やがてモノクロの航空写真のような画像を探しあてた。風景の中央を流れるひと筋の川が、冠動脈だ。

 拡大すると川岸に点々と白い塊が見えてきた。カルシウムで白くなった硬いプラークだ。小さな黒いしみも見える。「われわれは、このタイプが心臓発作を起こすと考えています」と満足そうに言って、ガルシアは黒いしみ状の軟らかいプラークを示した。「めったにお目にかかれない代物ですよ」

 CTスキャンは素晴らしい技術だが、心臓病の予測に使うには難点もある。検査費用が高いうえに、X線を使うので健康な人の定期検診などには不向きなのだ。また、動脈壁の内部に潜む軟らかいプラークまで画像にとらえることができるものの、見つかったのが破れやすく、心臓発作を起こしやすい不安定なプラークかどうかまでは判別できない。

 結局のところ、遺伝子検査やその他の方法で心臓病のリスクがもっと正確に割り出せるようになるまでは、これまで通りのアドバイスに従うしかなさそうだ。適度に運動し、食事に気をつけ、コレステロール値が高ければスタチン系のコレステロール低下薬を服用する――つまり、心臓病を「パイプの詰まり」とみる考え方が幅を利かしていた時代と同じ予防策である。

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