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特集

真冬の北極
明けない夜を行く

JANUARY 2007


旅の始まりから危険と隣り合わせ


 こうして、オウスラントとホーンは夜が明けることのない1月に出発し、ウルリッヒは3月になって単独で旅立った。

 北極海は、この地球上でまだあまり探検されていない場所だ。そんな荒々しい自然を旅するときは、最初の一歩を踏み出した瞬間から、生命は危険にさらされる。それから先は、程度の差こそあれ、いつも危険と隣り合わせだ。オウスラントとホーンの場合もそうだった。

 二人はヘリコプターで出発点のアルクティチェスキー岬に着くとすぐに、歩き始めるつもりだったが、沿岸の氷壁に阻まれて、大きく迂回せざるを得なくなった。テントで過ごす最初の夜は不安なものだが、二人なら心強い。だがそのとき、オウスラントは怪しい物音を耳にした。

 「マイク、この音は君か?」
 「ああ、チョコレートを食べてるんだ」
 しかしそのとき、テントが引き裂かれて、破れたテントの向こうにホッキョクグマの頭が見えた。ホーンとオウスラントが思わず後ずさりすると、クマも驚いたらしく、食料をくわえて逃げ出す。オウスラントたちは食料を取り戻そうと、照明弾を発射し、クマを追いかけた。

 その夜、ホーンはオウスラントにこう言った。自分はこれまで、小型のゴムボートでアマゾン川を下ったり、赤道に沿って徒歩で世界一周したりと、いろんな冒険をしてきた。だから音には敏感だし、周囲の音が何を意味するのかすべてわかる。ホーンはそれだけ言うと、たちまち眠りに落ちて、いびきをかき始めた。だがオウスラントは、朝までまんじりともできなかった。

二晩で2頭のクマと遭遇

 次の晩はテントが激しく風にはためいて、ホッキョクグマがゴムボートを引っ張っていったのに二人はまったく気づかなかった。朝になって、90メートルほど離れたところでボートを発見したが、あちこちクマに噛まれていて、修理するのに何時間もかかった。たった二晩で、クマと2度も遭遇したのである。先が思いやられた。

 スイスのアンビュールが衛星画像を分析して得た情報によると、岬付近の氷は時速1キロで南東方向に流れているという。危険極まりないリードを、つぎはぎだらけのゴムボートで渡らなくてはならない。でもボートで2キロほど進んでキャンプを設営しても、朝になると14キロあまりも押し戻されていた。

 こうした状況は、その後2週間ほど続いた。何もかもが本来あるべき状態とはかけ離れていたのだ。気温は極寒どころか、氷点下5~10℃というシベリアとしては“熱波”といえるような暖かさだし、風は微風ではなく、容赦ない向かい風だった。氷も目指す北極点とは反対の方向に流れている。来る日も来る日も、北に向かって歩いているのに、眠っている間にシベリアへ押し戻されてしまうのだ。

 遠からず冬が終わり、真夜中でも太陽が沈まない季節になる。白夜は半年近く続く。その前に北極点に到達する計画になっているのだが、このペースではその前に食料が尽きてしまう。そこでオウスラントたちは、食べる量を減らし、歩く距離を長くすることにした。

 最初のうちは、リードを渡るのに、1日5~6回も水に入って泳がなくてはならなかった。ホーンは振り返る。「ひたすら泳いで、泳いで、泳ぎまくった。水から上がって、しばらくするとまた泳ぐ。そうやって北を目指した」

 行く手にリードが現れると、スキーを外して片づけ、分厚い服やブーツを着たまま、苦労しながら防水スーツを着てファスナーを締める。そして注意深く水中に滑り込んでいく。そうしないと首のところから、水が入ってきてしまうからだ。彼らが引っ張るそりの重さは、出発した時点では合計154キロもあった。

 水に入っていないときはスキーで進んでいくが、雪が吹きつけ、ヘッドランプの光が届くのはわずか数メートル先まで。そうなると、照明のないトンネルの中を進むようなものだった。

 GPSはあるが、そればかりに頼るわけにはいかない。電池の消耗が激しいし、ディスプレイに氷が張って、ポケットで暖めないと表示が読めなくなってしまう。そのため、もっぱら風向き(スキーのストックにつけたナイロンの吹き流しが方向を教えてくれる)と、月や星の位置を参考にしながら進んだ。

 ホーンが「雪を読める」ことも大いに役立った。カナダのフォックス湾に暮らす先住民のサイモンという男から、「雪のあらゆる姿」を教わったのだという。降ってくる雪、吹きだまりの雪、激しく吹き荒れる雪……。雪の吹きだまりは、最初は氷の面と同じ高さにでき、風が強くなるにつれて高くなる。だから吹きだまりの高さを見れば、風の強さがわかる。

 そして風の強さは、氷が流されたり、割れたりする速さを知る手がかりにもなる。できてから時間のたった吹きだまりは、風に削られて縁が鋭くなっている。ホーンは暗闇のなか、苦労しながらスキーの先端でその縁をたどり、北の方角を見定めた。

 スキーの先端だけをひたすら見つめて、次の1メートル、次の1分、次の1時間を歩くこともあった。先のことを考えてもしかたない。今この瞬間を生き延びることだけに全力を尽くすなんて経験は、そうそうない。自分はどこにいるのか? 何をすべきか? 指の感覚はまだあるか?

 1日を終えて、テントで眠りにつけるだけでも、運がいいと思えた。

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