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特集

海の歌い手
ザトウクジラ

JANUARY 2007


 競いあうように猛スピードで泳ぐザトウクジラの群れを、研究者たちは「競争グループ」と呼ぶようになった。サルダンやスタップらの調査で、こうした群れはほぼ例外なく、1頭の雌とそれを追う雄たちで構成されていることがわかってきたからだ。求愛する雄のうち、おおむね雌の一番近くにいる個体は「プライマリー・エスコート(第一の同伴者)」と呼ばれる。この雄はたいてい群れの中でも特に体が大きく、「セカンダリー・エスコート(次位の同伴者)」と呼ばれる他の重量級の雄たちの接近を懸命に阻んでいる。この行動は何時間も続くことがあり、普段は白いザトウクジラの尾やヒレの下側は、次第に赤みを帯びてくる。激しい動きで血流が活発になるためだろう。

 クジラたちの体にみられる、いくつもの生々しい傷は、雌をめぐる競争の激しさを物語っている。だが、時には雄同士が互いに協力することもあるらしい。2~3頭の雄がタッグを組んで、雌の移動を妨害したり、有力なエスコートを進路から追い出すような動きをみせたりすることがあるのだ。

「2頭の雄が、別の雄を上下からはさみ打ちにするのも見たことがある。1頭が標的のクジラの下側に潜りこむと、別の1頭が背中に突撃したんだ」と、サルダンは言う。こうした行動は、意図して連携したものなのだろうか。あるいは、1頭が起こした行動に別の個体が勝手に参加したり、偶然タイミングが合ったりしただけなのか。本当のところは、誰にもわからない。

 別の状況なら、複数のザトウクジラが互いに協力しあうことはわかっている。たとえば夏のエサ場で獲物を囲いこむとき、ザトウクジラは海中で気泡を出して輝く泡の「囲い」を作り、数頭が力を合わせて魚をその中に追いこんでから、いっせいに大口を開けて魚の群れに突進する。協力しあって、魚やオキアミの群れを岸辺やケルプ(大型の海藻)の森に追いこむこともあるようだ。群れからはぐれたザトウクジラがシャチに襲われると、「助けにいこう」と申しあわせたかのように数頭が大急ぎで駆けつけ、シャチを追い払った例も報告されている。

 こうした行動に際して、クジラの巨大な脳の中で実際に何が起きているかはわからない。人類とはまったく異なる環境に暮らす哺乳類、クジラたち。その行動の謎の探求も、海という未知なる世界の魅力の一つだ。クジラの研究を通じて、私たちは自然についての知識を深めると同時に、知的活動の本質や、人間の脳の働きをも追求していくことになる。

 生まれたてのザトウクジラは体長4~5メートルで、ヒレも尾もすでにある。それでも、ホエール・トラストの研究者ミーガン・ジョーンズによれば、子クジラたちは哺乳類の赤ん坊の例にもれず、母親にまつわりつくのが大好きだ。母親の胸ビレ(前肢が変化したもの)の上や下にじゃれついたり、長く伸びた口先(吻)によじのぼり、幸せそうに身をくねらせたりする。

 ジョーンズは、子クジラの存在が雌の行動に影響するかどうかに焦点を当てて調査を進めている。ハワイ沖にいる雌同士がめったにかかわりあわないことは確認できた。だが大半の雌は、雄のエスコートを少なくとも1頭は引き連れている。子連れの雌の移動はたいていゆっくりで、競争グループの激しい動きとは対照的だ。

 雌は通常、2~3年に一度出産する。妊娠期間は11カ月で、その後も最長1年間は子育てをするからだ。母クジラの大半は交尾はしないようだが、マウイ沖では交尾を行う母クジラの観察例もある。雄も、単独行動の雌だけでなく、子連れの母親にも求愛する。ただしジョーンズの知る限り、母クジラが雄の求愛行動に関心を示すことはめったにない。動きが遅く、目立たない母クジラの観察は、雌をめぐって雄の群れが派手な争いを繰り広げる競争グループの観察よりも難しい面がある。行動パターンをつかむ前に、母クジラが広大な青い海へと消えてしまうこともある。

 ジョーンズの1日は、たいてい日の出直後から始まる。直射日光のもとで数時間も作業をすると、調査船のスタッフはみんな暑さで頭がぼうっとしてくる。やがて貿易風が強まり、小さな調査船が白波に翻弄されるようになると、港に戻る潮時だ。ところがジョーンズは言う。「さっきは、もう少しのところで雄の群れに邪魔されて残念だったわ。あと1回、2時間だけ追いかけてみましょうよ」。こうして調査は続行され、予定時刻をはるかに過ぎて港に戻るころには、一行は強烈な日差しに焼かれ、波しぶきを浴びて塩まみれになっている。それでも彼らは、今度こそ素晴らしい発見ができると信じて、わくわくしながら翌日の計画を立てるのだ。

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