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文=芳尾太郎(日本版編集部)

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 国産の飛行機が初めて空を飛んだのは、ライト兄弟の初飛行からおよそ7年半後の1911(明治44)年5月のことだ。男爵家に生まれた奈良原三次が自作の飛行機「奈良原式2号機」で、高さ4メートル、距離60メートルほどの飛行に成功した。
 これをきっかけに、空に憧れる若者たちが1機ずつ飛行機を手造りし、大空に挑む民間飛行が花開く。1930年代に軍用機産業が活発になるまでのわずか20年ほどだったが、この期間は日本の飛行機の歴史を彩る“青春時代”となった。
 なかでも活躍したのが、奈良原の助手だった伊藤音次郎で、1915年に千葉の海辺に「伊藤飛行機研究所」を設立する。軍や政府からの援助を受けない伊藤がこの地を選んだのは、「汐の満ち干の不便さえ忍べば、金もかからず、ほとんど無制限に広いし、練習には申し分がない」からと述べている。この研究所には、厚い志をもった若者たちが集まり、飛行機を造っては飛ばし、墜落してはまた造って、製造・操縦技術を磨いた。
 1920年代には、各地で速度や高度を競う飛行大会が開催されるようになり、この干潟で訓練した飛行家たちが目覚ましい活躍を見せた。
 このほど、日本の航空スポーツの普及に貢献した故・宮原旭さんが所蔵していた約3500点の写真が、日本航空協会と東京文化財研究所によって長期保存の処置がとられ、写真集として公開されることになった。「ほとんどがこれまで知られていなかった貴重な写真。1910~20年代に盛んだった民間の飛行機開発の様子がいきいきと伝わってきます」と日本航空協会の長島宏行さんは語る。
 国産飛行機の黎明期を支えた若きヒコーキ野郎たちの姿が鮮やかによみがえった。

『男爵の愛した翼たち(上)』
宮原旭さんが収蔵していた写真のなかから約320点を掲載。
監修:東京文化財研究所
発行:日本航空協会

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