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特集
取材現場から
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イラワジ川紀行
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=キラ・サラク 写真=スティーブ・ウィンター

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ミャンマーを南北に流れる、全長2000キロの大河イラワジ川(エーヤワディ川)は、この国の人々にとって祈りの場でもある。

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 ヒマラヤ山脈に源を発するイラワジ川は、ミャンマーの人々にとって希望の大河だ。人々はここで洗濯をし、飲み水をくみ、流れに沿って移動する。これは、ミャンマーの人々の信仰に触れた米国人女性が、イラワジ川を下った旅の記録だ。

詳しくは本誌をお読みください。

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今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 「マンダレーに帰っておいで
 あの船隊が停泊しているところさ
 聞こえるだろう
 ラングーンからマンダレーに通うパドルの音が」

 英国の作家・詩人、ラドヤード・キプリングがその詩「マンダレー」の中でうたいあげ、不朽のものにしたイラワジ川。その“道”を往復する船を運航していた会社、イラワジ・フロティーラ・カンパニー(IFC)も、世界に知られていた。1865年にスコットランド人が設立したIFCは、私有の船隊では世界一の規模を誇っていた。英国のグラスゴーに本拠を置き、船舶はすべてクライド川沿いで建造してから、分解して東へと運んだ。乗組員のほとんどはインド人だったが、船長と航海士は全員スコットランド人で、イラワジの特権階級と考えられていた。乗客たちは、チーク材で内装が施された船室で、ラングーンからマンダレーまでの優雅な船旅を楽しんだ。
 IFCの売りものは、洗練されたスタイルだけではなかった。フェリーは水上マーケットの役割も果たし、寄港する先々の村で大歓迎を受けた。第三次ビルマ戦争が勃発する直前の1885年、イギリス軍はIFCの船隊に兵士たちを乗せ、マンダレーまで川をのぼった。その後、1942年に日本軍がイラワジ川をのぼってくると、IFCは船隊を敵国に使われるのを拒否し、そのほとんどを自ら沈めた。
 6年後、IFCはインランド・ウォーター・トランスポート・ボードとして生まれ変わったが、そのフェリー船隊の煙突は、赤と黒のIFCのマークを掲げていた。現在は、キプリングの詩にちなんで命名された船“The Road to Mandaley(マンダレーへの道)”で、バガンからマンダレーまでの豪華な船旅を楽しめる。

――メリー・ジェニングス

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関連リンク

ザ・イラワジ:ミャンマーに関するニュースや情報が掲載されている。亡命中のミャンマーの人々によって運営されている。
http://www.irrawaddy.org

ブッダネット“ミャンマーの仏教”:ミャンマーでもっとも広く信仰されている上座部仏教(小乗仏教)について学べるサイト。
http://www.buddhanet.net/e-learning/buddhistworld/burma-txt.htm





日本版の過去記事

2003年11月号「血と汗の歴史がしみ込んだ『ビルマロード』」

1995年7月号「ミャンマー、成長から取り残された豊かな国」


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