ナショナル ジオグラフィック日本版 年間購読申込





$B%J%7%g%J%k(B $B%8%*%0%i%U%#%C%/F|K\HG(B

LINE

特集



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。巴水の作品も紹介します。


PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>



年間購読のご案内

PHOTO

文=大塚茂夫・日本版編集部
馬込の月 昭和5(1930)年

LINE

大正から昭和にかけて日本列島を旅して回り、各地の風景を描いた版画家の川瀬巴水(はすい)。愛好者の間では「昭和の広重」とも呼ばれ、高く評価されているが、これまで広く知られる存在ではなかった。

LINE

 大寒の栃木県・塩原温泉はひっそりとしていた。箒(ほうき)川が刻んだ深い渓谷に沿って温泉旅館やホテルが軒を連ね、すぐその背後に冬枯れた山が幾重にも迫っている。
 「ここです。ここが、おかね路(みち)ですよ」。川沿いの崖を削って造られた幅3メートル、長さ200メートルほどの道の前で、温泉旅館のご主人、臼井祥朗さんが教えてくれた。
 私は一人の版画家を追って、ここまでやって来た。版画家の名前は川瀬巴水。彼は半世紀近くも前にこの世を去っているのだから、私が探しているのは巴水の面影ということになるのだろう。そんな私の申し出に、塩原ゆかりの文化人を研究している臼井さんは喜んで案内役を買って出てくれた。
 巴水は、大正から昭和にかけて日本全国を旅し、各地の風景を版画に残してきた。その数は、大錦判と呼ばれる浮世絵の標準サイズ(およそ24×36センチ)で600点あまり。明治以降の日本版画界を代表する存在だ。しかし、巴水はこれまで、日本国内よりも海外で高く評価されていた。欧米のコレクターの間では、江戸時代の葛飾北斎や安藤広重と並び称され、全作品集も出版されている。
 しかし没後50年を来年に控えた今、日本でも巴水は再評価されつつある。昨年秋からは全国4カ所を巡回する展覧会が開催されているし、巴水の作品を取り扱う画商では、問い合わせが増えているという。
 おかね路の入口には、フェンスが張られていて、通ることができなかった。道幅が狭く、落石の恐れがあったため、6年前に新しい橋が架けられ、古い道は閉鎖されたからだ。
 この崖の道こそ、大正7(1918)年に巴水が版画家として最初に描いた風景だ。
 塩原を選んだのには理由がある。幼い頃、病気がちだった巴水は、夏になると東京の両親のもとを離れて、伯母夫妻が土産物屋を営んでいた塩原で過ごした。巴水自身、「塩原は私を非常に可愛がつて呉れました。…懐かしい故郷のやうに思はれます」と書き残している。
 「塩原おかね路」と題された版画で、巴水は夕日を浴びて赤く燃え立つ遠くの山と山陰に暗く沈むおかね路を描いた。その暗さの中を、一人の女性が馬を引いて家路をたどっていく。静かに暮れようとする日常だ。

詳しくは本誌をお読みください。

該当号インデックスへ
該当号の購入は  買い物カゴに入れる

もっと知りたいなら…

今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。










関連リンク

渡邊木版美術画舗:川瀬巴水の作品の版元のサイト。
http://www.hangasw.com/

塩原もの語り館:館内にある塩原ゆかりの人を紹介する「土の人コーナー」で川瀬巴水が紹介されていて、作品の展示もある。
http://shiobara.shokokai-tochigi.or.jp/chiiki-monogatari.html



トップへ戻る






本サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)National Geographic Society. All rights reserved.
(c)Nikkei National Geographic Inc. All rights reserved.

サイトマップ 著作権/リンク許可
広告出稿のご案内 会社案内
「特定商取引に関する法律」に基づく表示
個人情報保護方針 ネットにおける情報収集
個人情報の共同利用について