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取材ノート
独立に燃えるクルド人

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筆者の取材ノート
フランク・ビビアーノ

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写真家の取材ノート
エド・カシ

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「取材現場から」は、筆者と写真家へのインタビューを編集したものです。
本誌の記事と一部が違うことがあります。

写真=Brian Strauss (上) and Rebecca Hale

取材現場から 取材現場から PHOTO
独立に燃えるクルド人

写真家の取材ノート
エド・カシ
Best 最高の経験

 初めてナショナル ジオグラフィックの仕事でクルド人を取材したのは1991年。サダム・フセインが数十年にわたり、クルド人に対して大量虐殺を行った直後だった。だから今回、14年ぶりにイラクに戻り、彼らの自治区を間近に見ることができたときは、まさに感無量の思いだった。クルド人は多元的で民主的な社会を形成していた。そして現在のイラク大統領はクルド人だ。女性は前よりも自由を謳歌し、景気も上向いていた。自爆テロなどの問題はまだ残っているものの、彼らの暮らす北部は、イラクの他の地域に比べてずっと治安が落ち着いている。私はクルド人の未来に希望を感じた。長い歴史の中で、彼らはついに信じがたい黄金期を迎え、それを確固たるものとしていた。


Worst 最悪の体験

 キルクークの町で自由に取材を行うのは、ほとんど不可能な話だった。唯一の例外はクルド人のコミュニティだが、それでもたいていは警察の護衛つきだ。アラブ人のコミュニティに入っていくのは、非常に危険だった。この町では爆弾テロや誘拐、暗殺が日常茶飯事なのだから。これは映画やドラマの話などではなく、まぎれもない現実だった。私自身、油田の撮影をしている間に殺害の脅しを受けたし、私が去った1週間後に、現地コーディネーターの家族が自爆テロの標的となって、親戚3人が亡くなった。だから取材は慎重に計画しなくてはならなかった。拠点を置いたのは、キルクークから1時間15分ほど行ったスレイマニアというクルド人の町。コーディネーターと一緒に車でキルクークに向かい、1時間ほどで手早く撮影を終えては、早々に車に戻った。
 2004年4月以降、バグダッドでは危険が増したため、取材をあきらめざるをえなかった。今のキルクークは、あの時のバクダッド並みに治安が悪化している。


Quirkiest 最も奇妙な思い出

 今回取材したかったテーマのひとつが、女性の社会進出だった。そこで、クルド人地域東部の自治政府で産業担当官を務めるパルウェン・ババケルという女性に頼んで一日同行し、彼女がセメント工場で従業員の意見を聞く様子などを撮影した。するとその晩、パルウェンから私の携帯に電話がかかってきた。彼女自身の仕事ぶりをどう思ったか、知りたいという。これは米国でいえば、コンドリーザ・ライス米国務長官クラスの重責を背負った高官が、直接電話してきて、意見を求めているようなものだ。まだ発達の途上にあるクルド自治の試みを象徴しているような出来事だった。









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