ナショナル ジオグラフィック日本版 年間購読申込





$B%J%7%g%J%k(B $B%8%*%0%i%U%#%C%/F|K\HG(B

LINE

取材ノート
疲弊するネパール

Line

<< 特集ページに戻る

Line

Photo

筆者の取材ノート
エド・ダグラス

Line

「取材現場から」は、筆者と写真家へのインタビューを編集したものです。
本誌の記事と一部が違うことがあります。

写真提供=Ed Douglas

取材現場から 取材現場から PHOTO
疲弊するネパール

筆者の取材ノート
エド・ダグラス
Best 最高の経験

 数週間にわたって反政府軍に密着取材するなど、さぞ神経をすり減らす仕事だろうと思われるかもしれない。確かにそんな時もないわけではなかったが、大部分は充実した冒険だった。ネパール人は人なつこく、徐々に内戦が激化する苛酷な状況下でも、それは変わることがなかった。そして彼らは驚くほど困難にめげない。取材の間、彼らが示してくれた親切を、私は忘れることができない。
 写真家のジョナス・ベンディクセンとネパールの人々と、チームで取材できたのも幸せな体験だった。ジョナスは陽気で、とにかくひたむきだった。私たちは電気のない部屋でみんな一緒に眠り、水は村の一角からホースで引いてきた。一週間もすると、木の焦げる匂いが服にしみついてしまった。ジョナスと私はコメを中心とする食事に何とか慣れようとしたが、胃がついてこなかった。満腹感をおぼえる前に、身体が受けつけなくなるのだ。ネパールの丘陵を歩き回ったせいもあって、とうとう体重が9キロも減ってしまった。


Worst 最悪の体験

 バビヤチョウル村に着いて間もなく、村のはずれの農家で人が殺されたことを知った。現場に駆けつけると、若い男の死体が家の前の地面に横たわっている。そばでは妻が涙を流し、親戚が見守っていた。男は早朝に、所有地の境界を流れる用水路の水の権利をめぐって隣人と争いになり、胸を刺されたという。犯人は逃げていた。
 ネパールの農村部では人口の増加によって資源が枯渇し、民族や階級間の対立が激しくなっている。この殺人事件は毛派にとって統治能力を問われる大きな試練だったが、彼らは殺人犯を追いかけて現場まで連れ戻した。村人たちが静かに見守る中で、犯人の尋問が始まった。殺したことは認めたものの、正当防衛だと主張してきかない。未亡人にはすぐに慰謝料が払われ、犯人はその日の午後に毛派の監獄に連行されていった。犯罪学で博士号をとるなら、ネパールが格好の地かもしれない。


Quirkiest 最も奇妙な思い出

 取材も終わりに近づいた頃、私たちは毛派の占領地域の首都とされるアカーム郡に着いた。現地の司令官は独断的だが熱心な気のいい男で、毛沢東の生涯や思想についてひどく詳しかった。ある晩、彼に自宅に映画を観にこないかと誘われた。うさん臭い気もしたものの、とりあえず後をついていくことにした。私たちの泊まっているロッジから急な坂を20分ほど下りた所に、彼の家はあった。
 部屋にはパソコンが置かれ、毛派の兵士たちが登場するビデオがたくさん収められていた。司令官自らがインドの大衆映画をまねて、デジタルカメラで撮影したものだ。画面に現れるのは、M16ライフルをふりかざした少年や少女たち。このおぼつかない撮影のために用意されたらしいスポットで、衣装をとっかえひっかえしながら、踊ったりふざけ合ったりしている。ビデオが1本終わるたびに、私たちはいとまごいをしようとしたが、すぐに次のビデオが始まってしまう。笑ってはいけないと、ジョナスとは視線を合わさないよう必死だった。夜中も1時を回った頃、私たちはようやく逃げ出し、長い坂を登ってベッドに戻った。









本サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)National Geographic Society. All rights reserved.
(c)Nikkei National Geographic Inc. All rights reserved.

サイトマップ 著作権/リンク許可
広告出稿のご案内 会社案内
「特定商取引に関する法律」に基づく表示
個人情報保護方針 ネットにおける情報収集
個人情報の共同利用について