ナショナル ジオグラフィック日本版 年間購読申込





$B%J%7%g%J%k(B $B%8%*%0%i%U%#%C%/F|K\HG(B

LINE

特集
取材現場から
PHOTO

ナイロビ 急成長する大都会
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>

PHOTO
ズームインへ >>



map
拡大図へ >>

PHOTO

文=ビニャバンガ・ワイナイナ 写真=デビッド・アラン・ハーベイ

LINE

ケニアの独立後、40年余りで人口が約8倍にまで急増した首都ナイロビ。アフリカの伝統と西洋文化が交錯する大都会だ。

LINE

 急成長を遂げたナイロビでは、中流層が拡大する反面、アフリカ最大級のスラムに暮らす人々も多い。それでも、希望を胸に地方からこの地にやって来る者は後を絶たない。

詳しくは本誌をお読みください。

最新号紹介ページへ戻る

もっと知りたいなら…

今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 1952年、英国の女王エリザベス2世が新婚旅行でケニアを訪れた。これがきっかけとなって、スポーツ史上最も苛酷といわれる国際自動車レースが誕生した。
 20世紀、ケニアはサファリを楽しむ場所として人気が高まっていた。米国の大統領セオドア・ローズベルトや英国の政治家ウィンストン・チャーチル、英国王室のグロスター公爵といった人々もその地を訪れていた。当時王女だったエリザベスと、その夫となったエディンバラ公にとっても、英国の植民地ケニアは新婚旅行の目的地にうってつけだった。ナイロビ訪問と5日間のサファリのあと、夫妻は世界的に有名なロッジ「ツリートップ」に滞在した。
 2月6日の朝、英国国王ジョージ6世が崩御すると、王女としてやってきたエリザベスは「ツリートップ」を女王として後にした。それから1年余りたった1953年6月、彼女の戴冠式が行われた。
 エリザベス女王の戴冠と、ケニアが英国王室の歴史に新たな足跡を残したことを記念して、ケニアの人々は低木の生える土地を車で走り抜けるロードレースを企画した。コロネーション(戴冠式)・ラリーと名づけられたこのレースは、ナイロビを出発し、エリザベス女王がウェストミンスター寺院で戴冠する時間にゴールするよう設定された。
 それ以来、コロネーション・ラリーは毎年行われるようになった。現在は名前をサファリ・ラリーと変え、ケニアで最も人気のあるスポーツイベントとなっている。アフリカで行われるラリーの中で最も距離が長く、世界ラリー選手権の中でアフリカで行われる唯一のレースでもある。

――エリザベス・クイル

BOOK






関連リンク

ケニアの歴史:石器時代から現在までのケニアの歴史がわかる。ケニアに暮らすさまざまな民族集団や、国づくりに重要な役割を果たした人々についての情報がある。
http://www.kenyaweb.com/history

ケニア・ナイロビ国立公園:この公園に生息するたくさんの動物たちの写真を眺めながら、バーチャルサファリに出かけよう。ケニア国内のほかの公園へのリンクもある。
http://www.kws.org/nairobi.html

ナイロビの現在の時刻:ナイロビの現地時間や、日の出・日の入り、緯度、経度がわかるサイト。ほかの大陸の諸都市についても同様の情報を得られる。
http://www.timeanddate.com/worldclock/city.html?n=170





日本版の過去記事

2005年6月号「ブチハイエナ―サバンナの悪役」

2005年1月号「チーターの母の愛」

2002年4月号「たてがみのないライオンの謎」

2001年11月号「ケニアの生命の泉 カバたちの楽園」

2001年10月号「人類の起源 ケニアで新たな初期人類の頭骨」

1999年9月号「マサイの戦士、華麗な成人式」


トップへ戻る






本サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)National Geographic Society. All rights reserved.
(c)Nikkei National Geographic Inc. All rights reserved.

サイトマップ 著作権/リンク許可
広告出稿のご案内 会社案内
「特定商取引に関する法律」に基づく表示
個人情報保護方針 ネットにおける情報収集
個人情報の共同利用について