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特集
取材現場から
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奇岩の大地、米国コロラド高原
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=マイク・エドワーズ 写真=フランス・ランティング

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米国のアリゾナ、ニューメキシコ、ユタ、コロラドの4州にまたがる、コロラド高原の荒涼とした景観は、岩を削り、大地を刻む風や水の力で生み出された。

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 奇怪。米国コロラド高原を形容するのに、この言葉が一番合うように思う。雨の乏しい大地は派手な色の岩だらけで、「地獄の怒号が響く谷」や「サソリの峡谷」「馬泥棒の丘」といった地名が彩りを添えている。

詳しくは本誌をお読みください。

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もっと知りたいなら…

今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 19世紀の米国の探検家ジョン・ウェズリー・パウエルが、グリーン川とコロラド川を下る有名な旅を敢行したのは1869年のことだった。しかしこのとき、偉大な科学者としての彼の人生は、まだ始まったばかりだった。インディアン監督官だったパウエルは、パイユート族とユート族から多くを学び、1879年にはスミソニアン協会民俗学局を設立、そこで23年間局長を務めた。同年、パウエルは西部の地図を作製する米国地質調査所の創設に関わり、わずか2年後には同調査所の所長となった。
 47歳のパウエルは、当時の米国でおそらく最高の実力と影響力を誇る科学者だった。西部の水資源活用に関する彼の構想は、土地改良局の誕生を促し、さらに1888年には32名の科学者およびワシントンの著名人たちとともに、ナショナル ジオグラフィック協会を設立した。
 パウエルは1902年に68歳で亡くなったが、彼の国家科学研究への貢献はそれで終わりではなかった。パウエルは自らの脳を、研究のために寄付したのだ。彼の脳は現在、スミソニアン協会に保存されている。

――メリー・ジェニングス

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関連リンク

米国国立公園局 コロラド高原:コロラド高原内の公園をめぐって、地質について学ぼう。
http://www2.nature.nps.gov/geology/tour/cplateau.htm

グランド・ステアケース=エスカランテ国定記念物:コロラド高原の地質のほか、米国土地管理局が管理する最初にして最大のこの記念物内で見つかる恐竜や化石についての情報がある。
http://www.ut.blm.gov/monument/

北アメリカの土地利用史/コロラド高原:コロラド高原の民族、地域、環境、それらを取り巻く土地利用問題についての情報がある大規模サイト。
http://www.cpluhna.nau.edu/index.htm

南ユタ原生自然連合/コロラド高原:コロラド高原の中心部、ユタ州南部の環境を取り巻く問題について、さらに詳しく知ろう。
http://www.suwa.org/WATE/cpintro.html



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