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特集


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文=ペーター・エークハウト 写真=マウリシオ・マーゴールド

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南米ペルーの首都リマに近い遺跡パチャカマック。今、ここに眠る死者たちが彼らの生きた時代を語り始めている。

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 パチャカマックに人が定住したのは西暦200年前後。その後1300年間、様々な文化をもつ人々が住みつき、繁栄を続けた。ここはアンデス山脈一帯で、最も長く栄えた都市の一つだ。

詳しくは本誌をお読みください。


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特集関連の豆知識

 1470年ごろにインカ帝国がパチャカマックを支配してから100年足らずで、この偉大な巡礼地は滅亡した。1532年、スペインの征服者フランシスコ・ピサロがペルーに到着し、インカ帝国の王アタワルパを捕虜にした。やがてパチャカマックの財宝の話を聞き及んだピサロは、1533年、弟のヘルナンドを隊長とする部隊を現地へ派遣し、パチャカマックとその周辺を略奪させた。スペインの征服者たちは大量の金と銀を持ち出し、巡礼者に神託を授けていた偶像を破壊した。パチャカマックは往年の繁栄を取り戻すことなく、やがて滅んでいった。
 現在、この遺跡は都市化の波という、新たな脅威に直面している。1950年に65万人だったペルーの首都リマの人口は、現在800万人以上に膨れ上がっている。ペルーの人口の3分の1近くがリマとその周辺に集中しており、その多くは土地を不法に占拠している。その影響は隣のパチャカマックにも及んでいる。ペルー政府は遺跡から侵入者を排除しようと懸命に努めている。侵入者たちは遺跡から建築用に使われる砂を採取し、遺跡にごみを捨てているのだ。ベルギー・ブリュッセル自由大学の考古学者ペーター・エウクハウトは、こうした現状を「実に嘆かわしい」と語る。パチャカマックをユネスコの世界遺産に登録する運動は、遺跡の境界をめぐる紛争で中断したままになっている。エウクハウトは、いずれこの問題が解決されてパチャカマック遺跡が「末永く保存され」、若い世代がこの土地で栄えた古代の人々のゆたかな遺産をよりよく理解できる日が来ることを待ち望んでいる。

――キャシー・B・メイハー

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関連リンク

イクスマ・プロジェクト:ブリュッセル自由大学の考古学研究センターが運営するこのウエブサイトで、パチャカマック遺跡でのペーター・エウクハウトの研究がより詳しく学べる。
http://www.ulb.ac.be/philo/ychsma

パチャカマック遺跡:この遺跡を見てみたかったら、パチャカマックの博物館が運営するこのウエブサイトへ。関心のあるビジターに有益な情報を提供してくれる(スペイン語のみ)。
http://pachacamac.perucultural.org.pe/

リマ--王たちの都市:1535年にフランシスコ・ピサロが築いたリマには50以上の博物館があり、征服者の建てた建造物や遺跡が数多く残っている。歴史に関心のある旅行者には有益な情報を満載したサイト。
http://www.geocities.com/TheTropics/Cabana/6110/lugares/lima.htm



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